header

排ガス不正事件

第1回
排ガス浄化装置

TDI ある日、開発部のオッサン課長は神妙な面持ちで上司に相談を持ちかけます。

「部長、例の案件ですが、やはり技術的に難しくあります。」

「技術的」の部分は、「コスト的」や「スケジュール的」に置き換えても構いません。
また、「難しい」は日本語独特の言い回しで、他の言語に翻訳するには「不可能です」が正解です。
で、上司は答える。

「そんなコトはわかっている。でもやらなきゃならないんだ!」

上司だって、ソレが不可能であることを理解はしています。
なのに「やれ」。

出来ないって言ってるのに「やれ」。

そりゃあ、多少の無理難題は克服していかなければ進歩はありません。
そういった先達の努力によって、今日があるのです。
が、ドーしてもデキないものはデキないのです。
コッチだって、「デキない」とは言いたい訳ではありませんから、ありとあらゆる手段を講じます。
でも、ドーしようもないことだってあるのです。

上司を責める気にはなれません。
上司だって、上司の上司に同じことを言われているはずなのです。
課に戻って同じことを言わざるを得ないオッサン課長も、部下にしてみればその上司と同じなのですから。

こんな状況に追い込まれたら、自分だったらどうするんだろう?
と想像せざるを得ません。
「デキない」を通せば左遷は免れえません。
給料は下がる。家のローンは残っている。子供は来年大学だ・・・。

嗚呼、神様。ドーか、ワタクシメの上司がこんな理不尽なコトを言い出しませんように・・・


追い詰められたオッサン課長は不正に手を染める。
書類を改竄するのが簡単な方法です。
検査機関を抱き込むのも一つの手かもしれません。
しかしフォルクスワーゲンが選んだのは、もっと巧妙な手口でした・・・。




さて、時事ネタ、フォルクスワーゲン不正事件です。
コトのあらましは、皆さんニュース等でご存知でしょうから、弊サイトでは排ガス処理の仕組みと排ガス規制についてお話しいたします。

現在、法的に排出量が規制されている有害ガスは、HC(炭化水素)、CO(一酸化炭素)、NOx(窒素酸化物:NOとNO2を合わせてこう呼びます)の3種類です。
本稿では、本題から逸れるので、粒子状物質(PM)や温暖化ガスであるCO2(二酸化炭素)の話はいたしません。
「PMってなんじゃ?!」
とおっしゃられる方は、 コチラを参照してみてください。

これらの有害物質がどのように生成され、どのように浄化されるのかを見ていきましょう。

ガソリンエンジンの
排ガス対策

まずはガソリンエンジンです。
ガソリン1gに対して空気14.7gを混ぜて燃やすと、ガソリンの中の炭素と、空気中の酸素が過不足なく反応します、理論的には。
この1:14.7の割合を理論空燃比と呼びます。

なので、
HC + O2 → CO2 + H2O (単純化するため、分子数は無視しています。ご了承を)
となり、マフラーからは二酸化炭素と水しか出てきません、理論的には。

水は無害ですし、CO2は温暖化という点では問題ですが、とりあえず人体や環境には直接影響しません。
と言うことは、理論空燃比でガソリンを燃やしている限り、ガソリンエンジンは超クリーンで超エコなエンジンと言うことになります、理論的には。

しかし世の中、理屈通りにコトが進むなんて滅多にあるものではありません。
エンジンも、その「滅多に」の外側にいます。

一つ目の理由として、エンジンで燃やす混合気は、空気内にガソリンがまったく均一に拡散しているわけではないからです。
どうしたって不均一に、ガソリンが多くて空気が少ない個所ができてしまう。
すると・・・
酸素と化学反応したいガソリン内の炭素ですが、酸素が周りにいなきゃ反応のしようがない。
なので、
HC → HCとなり、HCのまま排出されてします。

また、炭素1個と酸素2個があればCO2と成れますが、酸素が1個しかなければCOができてしまいます。

二つ目の理由は、エンジン内でガソリンと空気は非常に高い温度内で反応しているということです。
一般的にエンジン内でのガソリンの燃焼温度は2,000℃以上と言われています。
そのような高温下では、空気中の窒素が酸素と反応してしまうのです。
つまり、
O2 + N2 → NO または NO2

イヤイヤ、お見事。
HC、CO、NOx。これで役者が揃いました。

で、これらの生成を減らすためには、
  • ガソリンと空気をよく混ぜる。
  • 燃焼温度を下げる。
  • の2つしかありません。

【 ガソリンと空気をよく混ぜる 】
  • インジェクターからガソリンを噴射するにあたり、なるべく細かい霧状にする。
  • シリンダーに吸い込まれた混合気に渦を発生させて撹拌する。
などの手法がとられています。

【 燃焼温度を下げる 】
燃焼を終えて排出した排気ガスを、もう一度シリンダー内に戻します。
この仕組みをEGRと呼ぶのですが、一度燃えて酸素濃度が少なくなった排気ガスを再度シリンダーに入れて燃やすことで、燃料の燃焼温度が下がります。
燃焼温度が下がると、空気中のN2とO2が反応しづらくなり、NOxの生成が抑えられる技術です。(詳細は コチラ
このEGR、ガソリンエンジンだけではなくディーゼルエンジンにも使われています、


などなど、まずはエンジン内部での燃焼時に有害物質が生成されないようにするのですが、完全にそれを防ぐことはできません。
で、生成されてしまった有害物質を除去するための後処理装置が必要になるわけです。
ガソリンエンジンの場合、三元触媒が使われています。

cata 三元触媒とは上の写真のような部品で、
下のイラストの位置に取り付けられています。
3way
昔は床下辺りのマフラーに付いていましたが、最近のクルマではエンジンのすぐ横に付けられています。
で、この三元触媒、以下のような反応を助ける働きをします。

【 酸化作用 】
炭化水素を酸化させて(酸素を加えて)水と二酸化炭素にします。
HC + O2 → H2O + CO2

一酸化炭素を酸化させて二酸化炭素にします。
CO + O2 → CO2


【 還元作用 】
NO、NO2から酸素をもぎ取って窒素にします。
NOx → N + O


理論空燃比でガソリンを燃やすと有害物質の生成がもっとも低くなるのですが(理論的には)、
大変ありがたいことに、この三元触媒も下図のように理論空燃比付近で燃やした場合に最も効果的に働いてくれます。
A_F 縦軸が浄化率、横軸が空燃比です。
空燃比が濃いと、HCとCOを浄化してくれず、
空燃比が薄いと、NOxを浄化してくれないコトが分かるかと思います。

このため、触媒の前に酸素濃度を検出するO2センサーを設置して、常に排ガス中の酸素濃度を監視しています。
エンジン・コントロールユニットは、排ガス中の残存酸素濃度が高くなれば空燃比が薄過ぎ、残存酸素濃度が低くなれば空燃比濃過ぎと判断し、理論空燃比に近づくよう燃料の噴射量を補正します。

そんなこんなで、ガソリンエンジンでは3つの有害物質の排出基準をクリアしているわけです。

ディーゼルエンジンの
排ガス対策

さて、今回の本題のディーゼルエンジンです。
まず、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの仕組みの違いを復習です。

engine1_sp
《画像をタップしてください》

一言で片付けると、ガソリンエンジンでは理論空燃比になるようガソリン量と空気量を調整しているのですが、ディーゼルエンジンではエンジンが目一杯空気を吸い込んで、そこに必要な量の軽油を噴射します。
ということは、ディーゼルエンジンの空燃比はメチャクチャ薄いことになるわけです。

A_F2

また三元触媒のグラフです。
ガソリンエンジンでは理論空燃比付近でガソリンを燃やすため、HCとCOを酸化、NOxを還元できるわけですが、
上のグラフの赤く着色した部分を見てください。
空燃比がめちゃくちゃ薄いディーゼルエンジンでは、NOxの浄化率が非常に低くなります。
まっ、当たり前と言えば当たり前の話なのですが、三元触媒ではNOxを還元、つまり酸素を引っこ抜くことでNにするので、まわりじゅう酸素だらけのディーゼルエンジンの排気ガス中では、簡単には引っこ抜けないということでしょう。
と言うわけで、ディーゼルエンジンでは三元触媒は使えない。
なので、HCとCOを酸化するだけの酸化触媒で、まずはHCとCOを浄化する。

で、残ったNOxです。
NOxを浄化するためには、現在リーンNOx吸蔵触媒と尿素SCR触媒の2種類が使われています。

【リーンNOx吸蔵触媒 】


lean_sp
《画像をタップしてください》

リーンとは空燃比の薄い状態を表します。逆に濃い状態はリッチと言います。
リーンNOx吸蔵触媒は、リーンの状態でNOxを触媒内に溜め込み、触媒内に一定量のNOxが溜まったとエンジン・コントロールユニットが判断するとエンジンの排気行程中に燃料を噴射させて、未燃焼の燃料を触媒に送り込み、NOxを還元する仕組みです。
ちなみに、追加の燃料噴射をリッチ・スパイクと呼ぶそうです。
リッチ・スパイク・・・ナンカカッコいい名前です(笑い

この他にも、アンモニア生成タイプのリーンNOx触媒もあります。
これは、溜め込んだNOxにリッチ・スパイクをかけたときに炭化水素のHとNOxを反応させてアンモニア(NH3)を生成して溜めておく。
そこへNOxが流れ込んだら、NH3と反応させて窒素(N2)と水(H2O)に変えます。

で、このリーンNOx吸蔵触媒の利点と欠点は以下の通り。
利点
  • 構造が簡単
  • コストが安い
欠点
  • 浄化性能がイマチチ
  • リッチ・スパークで余計な燃料を消費する → 燃費が悪くなる

【尿素SCR触媒 】

尿と言えばオシッコのことですが、尿素とはナニモノでしょう?
ググってみました。
CO(NH2)2と表される無色無臭の有機化合物だそうで、うす黄色でちょっと臭うアレとは別物のようです、安心しました。
で、この尿素を使ってNOxを浄化するのが尿素SCR触媒です。
で、その仕組みがちょっと複雑・・・

scr_sp
《画像をタップしてください》

ユニットの中に3種類も触媒が入っていますし、尿素を噴射するためのインジェクターがあるってことはポンプも必要になるし、尿素を溜めておくためのタンクも要る。
さらにNOxの濃度を測るセンサーや温度センサー、それらを制御するコントロールユニット。
もっと言えば、尿素は-11℃くらいで凍ってしまうので、その対策。
とってもコストがかかります。
なので利点と欠点は以下の通り。
利点
  • 浄化性能はバッチリ
  • 欠点
    • 構造が複雑
    • コスト高い
    • 定期的に尿素水の補給が必要

    以上、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの排ガス後処理装置のお話をしました(PMを除く)。
    で、フォルクスワーゲンはナニをやらかしたのか?
    続きます。

【 これは広告です 】

ワタクシメが開発に参加した、自動車整備士資格取得のための
Web教材「i-Tasu」の宣伝です。

i-tasu_1 i-tasu_2 i-tasu_3

i-Tasuは教育機関向けなので、このサイトを覗いていただいている読者方々の大部分にはあまり関係がないかと思いますが、

「ふーン、こんなのもあるんだァ」

くらいに思っていただけると幸いであります。

続く


1 2

TOPへ戻る