排ガス不正事件
- 第2回 フォルクスワーゲンはナニをやらかしたのか? -
2015/10/10 公開
オッサンの皆様には言うまでもなく、その昔、燃費と言えば10モードでした。
正直、そんなに昔のこととは思えないのですが、10モードが使用されていたのは1991年まで。
もう四半世紀も前の話となってしまいました。
イヤハヤ、光陰矢のごとしでありますな・・・(涙
で、2011年まで使用されていた10.15モードを経て今日に燃費の指標とし使用されるのは、ご存知JC08モードです。
「実際の燃費は、カタログに載ってるJC08モード燃費ほど良くないよね!」
ということは知っていても、
「じゃあJC08もーどってナニよ?」
と問われると返答に窮してしまう方が大部分ではないでしょうか。
JC08モードとは、下表のような走行パターンのことを指します。
このパターンに沿って8.17kmを1204秒、平均速度24.4km/hで走行した場合の燃費がJC08モード燃費となるわけです。
さて本題の排ガス規制です。
日本の場合、最新の平成22年度排出ガス規制(通称:ポスト新長期規制)では、ディーゼル車はJC08モードで測定して、NOxが1kmあたり0.08g以下でなければいけません。
続いて欧州の場合です。
欧州の最新の規制はEURO6です。
EURO6は下表のNEDCと呼ばれる走行パターンで排ガスを測定します。
NOx単体で0.08g/km以下と規制されていますので、この点においては日本のJC08モードと同値ですね。
さて、いよいよ核心に近づきます。
アメリカの最新の規制は Tier2Bin6という規制で、下表の走行パターンにて測定します。
規制値は0.08g/mile。
「ナンだ、日欧と同じじゃないか。フォルクスワーゲンはナニをやってるんだ?」
と思ったオッサン、ハヤトチリです。
日欧の単位がg/kmで、米がg/mileですから、単位を合わせなきゃならない。
0.08g/mile ≒ 0.05g/kmとなります。
「ナンだ、あとたった0.03gじゃないか!」
と思ったオッサン、ワタクシメもそう思いました。
しかし、今回問題になっている車種は、EURO6が導入される前に開発された車両で、1つ前の規制であるEURO5に合致した車両だったのです。
EURO5の規制値は、NOx単体で0.18g/km。
なるほど、1/3以下にしなきゃならないとなると、これはオオゴトです。
手立てがなかったわけではないでしょう。
問題になっている車種は、価格帯から想像するにリーンNOx吸蔵触媒を使用しているはずです。
前回お話ししました、値段は安いけど性能イマイチの触媒です。
これを尿素SCR触媒に変えれば、Tier2Bin6規制もクリアできたことでしょう。
しかし、お金がない、時間がない、車両価格も上げられない。
わかっている。わかっているが何とかしろ!
というエライ人の理不尽千万の厳命に、エンジニアは・・・・
いったい、どこまでのエライ人がコトの真相を把握していたのかは今後の調査、捜査の結果を待つしかありませんが、
ワタクシメ、そのエンジニアの立場に置かれたらと想像するだけで背中に冷たいものが走ります。
さて、そのエンジニアはナニをしてしまったのか?
この辺りは、各種報道でオッサンの皆様方もご存知かと思います。
では、世で騒がれている無効化機能がどのようなものか想像してみます。
まず排ガス測定検査ですが、右の写真のような状態で行います。
クルマをローラーに乗せ、アサッテの方向に飛んで行かないようにロープでしっかり固定します。
前方には巨大扇風機を配置してラジエーターに風を当ててオーバーヒートを防ぎます。
この状態で、マフラーにパイプをくっ付けて排気ガスを測定機に導きます。
決してフォルクスワーゲンの肩を持つわけではありませんが、この手の試験の「傾向と対策」はどのメーカーもやっているハズです。
「傾向」どころか、試験内容が完全にわかっているので、そこをピンポイントで対策出来るわけです。
例えば、排ガス試験のモードに「5秒間で停止状態から50km/hまで加速する」という箇所があれば、メーカーの実験の時点で「5秒間で停止状態から50km/hまで加速する」ときに排ガスが基準を超えないようエンジン・コントロールユニットのプログラムを組めばよいわけです。
ですので、試験場のローラー上であろうと、実際の道路であろうと「5秒間で停止状態から50km/hまで加速する」場合は、排ガスは基準以内に収まっているのです。
ただし、試験モード以外では、保証の限りではない。
「5秒間で停止状態から50km/hまで加速する」場合は排ガスはクリーンでも、「5秒間で停止状態から80km/hまで加速する」場合はどうなっているのか・・・?
さすがに試験モード以外では有害ガスをジャブジャブ出すなんてクルマは最近はないとは思いますが(と信じたい)、別にそれでも法律違反ではありませんし、新型車として認証を受けて販売することだってできます。
しかしフォルクスワーゲンの場合、「5秒間で停止状態から50km/hまで加速する」ときでさえ、どうしても排ガスが基準以下に収まらなかった。
で、エンジニアは考えた。
「そうだ、試験中はハンドル切らないじゃん!」
実際、ローラー上でもアクセルを踏み込んだり放したりすると、結構クルマは横にブレます。慣れないとチョット怖い。
しかしそのブレを修正するにしても、拳1個とか2個分くらいハンドルを切るにとどまります。
電動パワーステアリングはもとより、油圧パワーステアリングだって今では電子制御されていますから、必ずハンドルの裏あたりに舵角度センサーが付いています。
舵角度センサーの信号はパワーステアリング・コントロールユニットに入るので、そこからエンジン・コントロールユニットに送信してやれば、エンジン・コントロールユニットはハンドルが切られているか否かを判断できます。
さらに、車速の変化を監視していれば、試験モードで走行していることも判断できます。
「おっ、車速0から50km/hまで5秒で加速したな・・・、次は2秒で30km/hまで減速・・・アレレ、これ、試験モードっぽくね?」
「ヤバイヤバイ、ちょっとステアリングの動きを見てみろよ・・・アーっ、ステアリング動いてねーし! こりゃ絶対排ガス試験してるヨっ! チョーヤベ、急げ」
無効化プログラム発動ォォォ!!!
となるわけです。
ココからは本当に想像ですが、この無効化プログラム、二つの方法が考えられます。
一つは燃料を余計に噴射して、触媒でNOxを浄化しやすくさせる手です。
昔のディーゼルエンジンでは、エンジンの圧縮行程から燃焼行程にかけて、一度だけインジェクターから燃料を噴射していました。
しかし現在のディーゼルエンジンでは、最大で9回くらいに分けて燃料を噴射します。
もう9回も噴射すると、それぞれに名前を付けることなんてできなくなりますが、まだ3~4回の頃は、それぞれの噴射にプレ噴射、パイロット噴射、メイン噴射、ポスト噴射なんて名前が付けられていました。
このうち、エンジン排気行程に噴射するのがポスト噴射です。
で、フォルクスワーゲンがやったのは、排ガス試験中だけ、余計にポスト噴射を行ったのではないかと推測します。
言い換えると、前回お話しましたリーンNOx吸蔵触媒のリッチ・スパイクです。
これで排気ガス中に未燃焼の炭化水素(HC)が増えるので、触媒内でNOxを還元することができる。
しかし、走行に必要のない噴射ですから燃費は悪くなる。
なので、試験が終わればリッチ・スパイクを止めて、NOxは増えるけど燃費は良くなる。
もう一つはEGRです。
普段からEGRは作動していて、一定量の排気ガスをシリンダーに還流させていたはずですが、
試験のときだけ、必要以上の排気ガスをシリンダーに戻し燃焼温度をさげてNOxの生成量を減らす。
しかし、燃焼温度が下がるとともに出力も低下してしまう。
なので、試験が終われば還流させるEGRガス量を元に戻し、NOxは増えるけど出力は大きくなる。
この一方、もしくは両方を無効化プログラムとして追加してあるのでは、と凡人であるワタクシメは想像いたすのですが、
もしかしたら凡人ではないフォルクスワーゲンのエンジニアがウルトラC級の裏技を使ったのかもしれません。
ただし、そのウルトラCも、NOxは減らすことができても、燃費の悪化や出力低下を防ぐことはできなかった・・・と言うことですね。
余談ですが、「ウルトラC」って言葉、久しぶりに使いました(笑 死語ですね・・・
というわけで、ドーしてもTier2Bin6規制をクリアできなかったフォルクスワーゲンは悪質な手段で規制を回避したわけです。
話がそれますが、各報道で「クリーンディーゼルはクリーンではなかった」なんて記事を見かけますが、これはオー間違い。
NOxの基準値を見てみましょう。
単位はg/kmです。
国 | エンジン種類 | 2世代前 | 1世代前 | 最新 |
日本 | ガソリン | 0.08 (新短期規制) | 0.05 (新長期規制 ) | 0.05 (ポスト新長期規制) |
ディーゼル | 0.28 (新短期規制) | 0.14 (新長期規制) | 0.08 (ポスト新長期規制) |
EU | ガソリン | 0.08 (EURO4) | 0.06 (EURO5) | 0.06 (EURO6) |
ディーゼル | 0.25 (EURO4) | 0.18 (EURO5) | 0.08 (EURO6) |
US | ガソリン | 0.62 (Tier0) | 0.25 (Tier1) | 0.05 (Tier2) |
ディーゼル | 0.78 (Tier0) | 0.25 (Tier1) | 0.05 (Tier2) |
どの国の規制も世代を追うごとに厳しくなるのは当然ですが、明らかにガソリンよりディーゼルの方がアマい。
ただし米国だけは、Tier1以降ディーゼルは特別扱いされなくなっていますが、コトNOxにおいては、ディーゼルエンジンがガソリンエンジンよりクリーンだったことなど一度もありません。
最近ではマツダの躍進もあり、マスコミではクリーンディーゼル賞賛一辺倒でしたが、こういう事件が起こると「クリーンディーゼルはクリーンじゃなかった!」の大合唱。
だから元々ディーゼルはクリーンじゃないんだって!
しかしながら、クリーンディーゼルの肩を持つなら、
「クリーンディーゼルは昔のディーゼルよりクリーンである。」
とか、
「燃費が良く、地球温暖化ガスであるCO2の排出が少ないからクリーンである。」
と、言えないわけではありませんが・・・
さてさて、この問題、どこまで広がるか見当もつきません。
自動車業界の、ホンの片隅で細々と生計を立てている、フォルクスワーゲンとは全く関係のないワタクシメにさえ、直接的ではありませんがボチボチ影響が出始めている状況です。
やり手の悪質さを鑑みれば、フォルクスワーゲンをかばう気には一切なれませんが、アウディはもちろんのこと、ランボルギーニーやブガッティ、ベントレーなどフォルクスワーゲンがいたからこそ復活したり、消滅を免れた伝統的なメーカーも少なくありません。
なので、フォルクスワーゲンには、早く膿を出し切って、復活を遂げてもらいたいものです。
まっ、ソートー長く険しい道のりになることは間違いないでしょうけれど・・・。
完
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