4WDのまとめ その4
2018/11/26 公開
「わが社でも、既存のFFセダンをベースにスポーツ4駆を開発することにしたので、ワタクシメ君、トランスファーの設計は君に任す。頼むぞ!」
世界有数の自動車メーカー、オッサン・モーター・カンパニーの設計部の課長が、若きエンジニアのワタクシメをデスク脇に呼びつけてこんなことを言います。
「4駆と言ってもスポーツだからな、エフアール的なハンドリングでなきゃならん。」
「となると、駆動力は常時リヤ寄りでなければならない。ベースはFFだがな、スポーツだからな、エフアールなのだよ!」
まあ、課長の言わんとしていることも分からないではありません。
ワタクシメは二つ返事で引き受けて、さっそく製図台に向かいます。
簡単です。
エフアールっぽくすればイイのですから、トランスミッションの出力軸の回転を、歯数の異なるギアで前後に振り分けて・・・そうですね、前30:後70くらいでいいでしょうか。
で、こんなシステムを作りました。
トランスミッションから緑色ギアに入力されます。歯数は24。
フロントタイヤ側への出力は歯数18のギヤなので、トルクは入力の66%になります。
リヤタイヤ側への出力は歯数36のギヤなので、トルクは入力の150%となり、前後のトルク配分は30.5:69.5。
やりました! 不等トルク配分のエフアール的なスポーツセダンが完成です!!
数週間後、ワタクシメ設計のトランスファーの試作品が届きます。
既存FFセダンを実験車として1台用意し、用済みとなったFR実験車からデフとドライブシャフト、ハブを外してきて、試作のトランスファー、プロペラシャフトと共に組付けます。
組付けが終わったら、作業リフトから降ろさず、タイヤを浮かしたままエンジンをかけてギヤを1速に入れます。
ををを! 成功です!
フロントタイヤに加え、見事にリヤタイヤも回転するではありませんか!
次は実走テストです。
パッとしなかったFFセダンが、秋名の86ごとくリヤタイヤをドリフトさせながらコーナーを立ち上がる雄姿を想像し、ニヤニヤしながら作業リフトの「下げる」ボタンを押し続けます。
再びテストドライバーが乗り込み、エンジンをかけ、ギヤを1速にいれ、クラッチを・・・
一瞬クルマは身震いし、前へ進む素振りを見せます。
が、その場から動こうとしません。
「ああ、サイドブレーキを降ろし忘れたな・・・」
ワタクシメの想像通り、サイドウィンドウ越しにテストドライバーがサイドブレーキレバーを確認する様子が見えます。
そしてもう一度・・・・
あれ・・・? クルマはピクリとも動きません。
サーッと顔から血の気が引きます。
組付け作業に不手際があり、どこかの部品が外れてしまったのか?
強度が足らず、ギヤが割れてしまったのか?
不安要素はいくらでも思いつきます。
神にもすがる気持ちで、もう一度リフトアップし、タイヤを浮かせます。
・・・ナンの異常もありません。
実に快調にフロントタイヤ、リヤタイヤ共に回転します。
作業リフトを降ろし、今度は、テストドライバーにエンジン回転数を上げてクラッチをつなぐよう指示します。
もし、試作場の床面がタイヤとの摩擦力が十分高い素材であれば、クラッチをつないだ刹那、エンストすることでしょう。
もし、床面がツルツルのカラーコンクリートとかであれば、リヤタイヤをズリズリと引きずられながらクルマは前に進んだことでしょう。
そう、ワタクシメ設計の新型トランスファーは、トルクを前後不等配分すると同時に、回転数も不等配分してしまっていたのです!
フロントタイヤとリヤタイヤの回転数が異なってしまうので、クルマは1mmたりとも正常に前に進むことはないのです(涙
開発に失敗した失意のワタクシメは南の離島の販売店に出向となり、休日にはサーフィンと釣りに明け暮れる、それはそれで幸せな人生を送るのでした。
メデタシ、メデタシ。
・・・とはなりません。
実直な開発者であるワタクシメは、いったいどうして失敗したのか、毎晩悪夢にうなされるのです。
そしてある日、販売店でお客様のタイヤ交換をしているとき、頭のてっぺんからつま先まで電流が流れるような衝撃を感じます。
ちょうどそれは、かのアイザック ニュートンが樹からリンゴ落ちる様子を見て万有引力の法則を思いついたときに受けた衝撃の1/3相当です。
10mmのボルトを締めるときには、画像上のメガネレンチを使います。
締め付けトルクは、大体30N・m前後です。
一方、ホイールを止めている19mmのナットを締めるには画像下のレンチを使います。
締め付けトルクは100N・m前後でしょうか。
そうですッ!
不等トルク配分のミソは、ギヤの歯数ではなく、ギヤの中心から力が加わる点までの距離だったのです!!
ワタクシメはやり掛けのタイヤ交換を放り出し、モーレツな勢いでスーパーのチラシの裏にラフ図を書き始めます。
それを清書したのが右図です。
3枚のギヤとも歯数は24で、フロント用とリヤ用の直径は3:7です。
これならば回転数は同一のまま、トルク配分はフロントが30、リヤが70となります。
をを、再び秋名の86が脳裏に浮かびあがります。
でも、ダメです・・・。
イラストでは分かりづらいかと思いますが、こんな歯車、絶対にかみ合いません(涙
しかし、諦めるわけにはいきません。
歯数が同じで、半径が異なるギヤ・・・歯数が同じで、半径が異なるギヤ・・・
ダメです・・・
どう考えても、ギヤの歯数と半径は一蓮托生。
歯数が同じで半径が異なるギヤを嚙合わせることはできません。
そう、出来ないことは、「出来ない!」と主張する勇気が必要なのです。
ただし、言い訳が許されるなら、チラシが足りなかったのです。
南の離島ではチラシの数も限られ、ましてや裏が白紙のチラシなんて・・・
もう少しチラシの数さえあれば、きっと問題は解決したに違・・・
もうイイです!
本社復帰は断念し、このまま釣りとサーフィンに興じつつ、離島の営業所の所長を目指すこととします(涙
それはそれで、きっと幸せであります・・・「ホントにそれでイイのか、若かりしオレ!」←心の声
時を同じくして、群馬県の太田市、あるいは東京都の三鷹市あたりでも同じ課題に取り組んでいました。
「スバルのクルマはさぁ、直線や雪道じゃあイイんだけどねぇ、曲がらないんだよ~ネ・・・・」という評価を払しょくするためです。
スバルのエンジニアが頭を捻って考え出したのが、1991年発売のアルシオーネ・SVXに搭載されたVTD-4WDでした。
(だいぶ前のハナシですが、スバルは4WDという呼称をやめてAWDとしたので、現在のシステムはVTD-AWDと呼ぶそうです。)
日本語で「不等&可変トルク配分電子制御AWD」と名前がついている通り、「不等」の他に「可変」の機能も付いていますが、それについては後述します。
で、とにかく「曲がらない」の汚名を晴らすためには「やっぱりエフアールだよねェ」の号令がかかったらしく、アルシオーネ SVXの基本トルク配分は35:65だったそうです。
さて、このVTD-4WD、いったいどんなシクミだったのかと言えば・・・
まあ、前もって告白いたしますと、如何せん27年前のクルマなので、ググれどもググれども、なかなか詳しい説明が見つかりません。
で、ヨーヤク見つけ出したのがスバルの特許書類なので、これがSVXそのもののシステムかどうかはわかりません。
もしかしたら大間違いかもしれません。
また、説明のため部品名、ギヤの歯数はワタクシメがテキトーに決めました。。
予め、ご了承のほどお願い申し上げます m(_ _)m
また出ました、遊星ギヤ!
大体において動力伝達系で、「回転数がァ~」とか「トルクがァ~」とか言うと、こいつが登場してきます。
ただでさえ動きが想像しづらい遊星ギヤなのに、今度は目に見えないトルクの話ですから、どうなることやら・・・(涙
まず、経済的に成功したオッサン読者は、中古のスバル アルシオーネ SVXを買ってきてください。
と言っても1996年に生産終了したマイナー車種なんか手に入るのか!
と興味本位でググってみたら、アラ、大変!
カーセンサーのサイトには29台も掲載されていました。
しかも最高値は675万!!!
わが目を疑います。
さらに500万円台、300万円台が1台ずつ、200万円台が2台。100万円台が9台!
くどいようですが、22年前に生産を終了したクルマです。
現在50歳のオッサンが28歳のヤングガイであったころで、
♪どこまでも~限りなくゥ~ 降りつもるゆ~きとあなたへの想い♪
きっと、派手派手なグラフィックイコライザー画面のカーオーディオから、こんな曲が流れていたはずです。
そんな昔のクルマを、いくら希少だからって、600万とか500万って・・・・どこの世界にも好事家はいるものでな・・・と、感心すること一頻り。
ちなみに1996年には、この曲にのせてJR東日本が
コンナCMを放送していました。
顔見知りに会いたくない、メカケとのスキー旅行を楽しみたいこの頃の経済的に成功したオッサンは、新幹線ではなく、雪道でも安心なVTD-4WDを搭載したスバル SVXで、苗場とか湯沢とかは避け、マイナーなスキー場でスキーと温泉と夜のウッフンを楽しんだことでしょう。
今のご時世、こんなコトを主張すると叩かれるのは重々承知しておりますが、この当時、そんな艶めかしさを連想させるクルマがありました。
このスバル SVXしかり、トヨタ ソアラ、ホンダ プレリュード、日産 レパードなどなど・・・
そして22年後の今日、そんな艶めかしさを連想させるクルマを、ワタクシメは思いつくことができません!
「時代ですから」の一言で片づけられてしまうハナシですが、我々消費者が、移動手段以外のナニかをクルマに求めづらくなってしまったのは、寂しい限りであります(涙
ハナシが盛大に逸れましたので、引き戻します。
この実験のためにSVXの中古を入手した経済的に成功したオッサンは、SVXをリフトアップしてタイヤを宙に浮かせます。
さらにコストをかけて、ボディービルダーかプロレスラーを数人を雇い、フロントタイヤをギュッと押さえつけます。
で、経済的に成功したオッサンは運転席に収まり、ブレーキペダルを踏んでエンジン始動。
セレクトレバーをDレンジにして、ゆっくりブレーキペダルを放します。
という状況を想像しつつ、次のアニメーションをご覧ください。
リフトアップされたSVXのリヤタイヤはクルクル回り、マッチョマン達が押さえつけているフロントタイヤは回りません。
上のアニメーションのトルク配分は44:56ですが、実際のSVXは35:65なので、この時、リヤタイヤはエンジンが発生するトルクの65%が伝わっていて、マッチョマン達はエンジントルクの35%の力でフロントタイヤを押さえつけていることになります。
・・・だ、そうです。
「だ、そうです」と申しますのは、インターネット上で見つけたスバルの技術資料等にはそう書いてあるのですが、目で見ることのできないトルクの流れを納得することは難しくあります。
計算をすれば、なるほどトルクが不等配分されているようではあるけれど、回転数は同一である、というのが、頭では理解できても、ドーしてもナニかが胸につかえているモヤモヤ感がぬぐえません。
こんな模型を作って、サンギヤ1に付いたハンドルにグイと力を入れれば、二つのばねばかりは違った値を示すはずです。
そうやって、自分の目で確かめるか、手ごたえを感じることができれば、スバル VTD-4WD・・・理解できた気になれるのですが・・・
大事なことを言い忘れました。
このスバル アルシオーネ SVX、センターデフには電子制御式のLSDが備わっているので、実際にはリヤタイヤが空転した刹那、フロントタイヤに60%のトルクが配分されるので、もしかしたらマッチョマン達が弾き飛ばされることになるかもしれませんので、十分ご注意ください。
スバル アルシオーネ SVXから時が流れること19年。
ドイツの南にあるインゴルシュタットで、エンジニアたちは同じ課題に取り組んでいました。
余談ですが、英語にある「tail happy(テールハッピー)」という言葉に対応すドイツ語は存在しない、という記述を自動車雑誌で見たことがあります。
ワタクシメはドイツ語はマッタクなので真偽のほどはわかりませんが、なるほどと、膝を打ちたくなるハナシです。
テールハッピーとは、たとえば初代ユーノス ロードスターのように容易にリヤタイヤのスライドが起こる特性を表します。
かつてイギリスのバックヤードビルダーたちが、かの国の曲がりくねったB級国道を楽しく(速く?)走るために、敢えて(技術力不足から?)リヤスライドが起こりやすいよう躾けたと言った類のハナシです。
ところが、アウトバーンの国であるドイツでは、必要なのは矢のような直線安定性。リヤスライドなんてもっての他だ!
となれば、矢のような直進性を持つ50:50のトルク配分のアウディ クワトロシステムに、エフアールちっくな不等トルク配分システムなんて不要なわけです。
ゲルマンの人々にどのような心境の変化があったのかは知る由もありません。
50:50ではなくとも、もう十分な高速直進安定性が維持できるほどシャシが進化したためか、
もしかしたら、開発者の一人が「イニシャルD」を読んだのかもしれませんが、2010年に発売されたRS5には、不等トルク配分式のセンターデフが採用されました。
常時40:60のリヤ寄りトルク配分で、スバルとは全く異なる仕組みが採用されています。
すでにスバルのシステムがあるのに全く異なるシステムを採用したのは、
モノ真似ばかりする東洋の黄色い〇〇と同じシステムなど使えるか! とゲルマンのプライドが許さなかったのか、特許とか、大人の事情があったのか、あるいはスバルのシステムでは性能的に満足できなかったのか、これまたワタクシメに知る由はありませんが、
「スバルのシステムは図解してもシロートにはわからん! もっとシロートでも理解しやすいシステムを作れ!」
と、当時監査役会会長であったフェルナンド ピエヒが号令をかけてくれたのではと、弊サイトを管理するワタクシメは邪推しております。(ちなみに、監査役会会長がどんな仕事をしているのかは知りません)
で、その仕組みです。
実際のシステムとは少々異なりますが、概念としてはこのようになっています。
FF車やFR車の左右輪の間についているデフと、おおよそ同じ仕組みです。
トランスミッションからピンク色ギヤに入力され、ピンク色ギヤは一体になっているディファレンシャルケースとケースに嵌め込まれたピニオンを回転させます。
ピニオンは、リヤとフロントのベベルギヤと噛み合っているため、直進時はすべてが一体となって回転します。
ただし、これだけでは不等トルク配分になりません。
次に断面図です。
これは、まさに前述した10mmのボルトと、17mmのホイールナットの差です。
リヤ側へのトルクはリヤ ベベルギヤの半径Aによって伝えられ、フロント側へのトルクはフロント ベベルギヤの半径Bによって伝えられます。
そしてご覧の通り、A > B なので、リヤ側へ伝わるトルクの方が大きくなります。
ををを! 見えるぞ、私にも敵が見える!!
ズト~ン、と腑に落ちました。
これならワタクシメにも理解できます。
4WD用トランスファーの性能として、どちらが優れているのかは分かりません。
しかし、分かりやすさ、理解しやすさは、圧倒的にアウディの勝利です。
ありがとう、アウディ!
ありがとう、フェルナンド ピエヒ!
ただし、それが自動車メーカーとして何の役に立つかは知りません。
次回、前後に不等に配分したトルクを、さらに可変配分するシステムについてお話します。
続く
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