可変圧縮比エンジン
日産 VC-Turbo
2017/7/3 公開
夏草や兵どもが夢の跡
と詠んだのは、ご存知松尾芭蕉です。
芭蕉サンによれば、彼が目にした夏草の下には藤原一族や義経主従の夢が埋もれている、ということだそうです。
夢の技術、ついに実用化!
最近はあまり目にしないような気がするのですが、かつてはそんな見出しの記事を時折見かけました。
原理自体はずーっと昔から分かっていたのに、様々な理由によって実用化には至らなかった技術。
それをエンジニアの血の滲むような努力でついに実用化、というニュースはかなり胸アツでした。
しかし、そんな胸アツ技術も、いざ実用化してみたら、これまた様々な理由で長続きしなかった・・・
なんて悲しいニュースも、イエ、ニュースにはなりません。
ただ、いつの間にかソッとカタログから消えるだけです。(涙
そんな胸アツな夢の技術を、思いつくままに並べてみます。
このテの話でトドメを刺すのは、やっぱりコレでしょう。
西ドイツのNSU社とWankel社によって共同開発されたのが1957年。
それから世界中の自動車メーカーが実用化を目指したものの、唯一それに成功したのが日本の小さな自動車メーカー・マツダ。
嗚呼、胸アツです。
1967年、コスモスポーツに10A型ロータリーエンジンが搭載されました。
それから半世紀経過した現在、残念ながら市場にその姿はありません。
ミラーサイクル自体は、1947年にアメリカ人のラルフ・ミラーさんによって考案されていました。
それを実用化したのが1993年に登場したユーノス 800に搭載されたKJ-ZEMエンジン。
現在のハイブリッド車に使われているなんちゃってミラーではなく、リショルム・コンプレッサーで過給した本格的なミラーサイクルエンジンでした。
(ミラーサイクルの詳細は
コチラ)
本格的ではありましたが、ユーノス800に続くクルマはありませんでいした。
1999年、それまで小型車にしか使うことのできなかったベルト式CVTに対して、日産がトロイダルCVTを搭載したY34型セドリック / グロリアを発表しました。
日産での呼称はエクストロイドCVT。
金属製の円盤を、滑らせながらも動力を伝えるという二律背反する条件を見事に成し遂げた、夢のような胸アツ技術でした。
が、これもY34一代限りで世から姿を消しました。
若かりしワタクシメは、「ガソリンエンジンの諸悪の根源はスロットルバルブである」、と学びました。(もちろん誇張しています)
構造上、低中回転域では吸入空気量を絞らなければならないガソリンエンジンでは、そのための損失(ポンピングロス)が生じ、ポンピングロスが無いディーゼルエンジンには燃費で勝てないのだと。(これも誇張してます)
では、ガソリンエンジンのスロットルバルブを無してしまえば、ガラガラゴロゴロと煩く重いディーゼルエンジンとはおさらば!
嗚呼、夢のようなノンスロットルバルブ エンジン!
ついに2001年。
BMWが316tiに搭載したN42B20Aエンジンで夢の技術を実現しました。
バルブトロニックです。
吸気バルブの開閉タイミングとリフト量を自由に調整できるようにしたことで、スロットルバルブをポイッしちゃいました。
(実際には、安全デバイスとしてスロットルバルブを装備していましたが、後に本当にポイッしました。)
2007年、トヨタがノア、ヴォクシーの3ZR-FAEエンジンで続きます。
2009年には、アルファ・ロメオがマルチエア エンジンでスロットルバルブをポイッ!
をを! どんどん採用例が広がる夢のノンスロットルバルブ エンジン・・・
なのですが・・・
チョット思い出してください。
時を遡ること1987年、6代目カローラ誕生時です。
それまで、高性能であるが高コストのスポーツカー用、または高級車用エンジンであったDOHCエンジンを、こともあろうか大衆車の代名詞であるカローラの全グレードに採用したのです。
その名も「ハイメカツインカム」
(ハイメカツインカムは前年のカムリ / ビスタから搭載)
それからあっという間に、全メーカーのエンジンにDOHCが広がり、今ではDOHCではないエンジンを探すのが大変くらいです。
で、話をノンスロットルバルブ エンジンにもどすと、
BMWがバルブトロニックを採用してから16年・・・
BMWとアルファ・ロメオ / フィアットでこそ採用エンジンが広がっていますが、トヨタは4気筒エンジンのみ。
その他のメーカーは気配なし。
16年も経っているのにです!
そしてさらに言えば、BMWやアルファ・ロメオ / フィアット、トヨタが、競合他車に比べて夢のように燃費がイイ、というハナシも聞いたことがありません。
ワタクシメ思いますに、昔から、
「こうすりゃ、効率が良くなって高出力、高燃費になるよね。でも、機械的に無理だよね!」
と言った技術は、どうも、そもそも筋が良くないのではないかと・・・
夢のようだと思っていたほど、実は良くなかった。
とか、
まあそれなりに良くはあったのだけれど、お金かかりすぎてショーバイにならないよね。
とか・・・
南極点到達とか、エベレスト登頂とか、月面到達とか・・・
その行為自体は凄まじくスゴイことではあるけれど、じゃあ、それをしたことでその後の世の中が変わったのかと・・・
ようやく本題です。
ターボエンジンの歴史を紐解くと、ターボラグとノッキングとの闘いでした。
ターボラグについては
コチラに詳しく書きましたのでご覧ください。
ノッキングとは、プラグに火花を飛ばしたときに、プラグ以外の場所から燃焼が始まってしまう現象です。詳しくは
コチラ。
ターボエンジンは、自然吸気エンジンに比べて吸入空気が高温・高圧になっているので、ノッキングが起きやすい。
それを防ぐ方法は二つです。
1. ガソリン冷却
ガソリンが蒸発するときに熱を奪う作用を利用します。
必要以上のガソリンを噴射することで、燃焼室内の温度を下げてノッキングを防ぐ手法です。
必要以上のガソリンなので、燃費はダダ下がりです。
2. 圧縮比を下げる
元の吸入空気圧が高くても、圧縮比を下げてやればプラグに火花を飛ばすときの圧力は下がり、温度も高くならずに済みます。
ブーストが高いときにはこれでOKですが、ブーストがかかっていないときには、ただの圧縮比が低い自然吸気エンジンとなってしまうので性能はダダ下がりです。
ちょっと例を挙げてみましょう。
車名 | エンジン | 圧縮比 | 出力(ps) | 排気量(cc) |
日産 GT-R | VR38DETT | 9.0 | 570 | 3,799 |
VW ゴルフ GTI R | DJH | 9.3 | 310 | 1,984 |
メルセデ・ベンツ C 180 | 274M16 | 10.3 | 156 | 1,595 |
VW ゴルフ TSI | CJZ | 10.5 | 105 | 1,197 |
BMW 3 | B48B20A | 11.0 | 184 | 1.998 |
トヨタ クラウン | 2GR-FSE | 11.8 | 315 | 3,456 |
トヨタ プリウス | 2ZR-FXE | 13.0 | 98 | 1.797 |
ホンダ フィット | LEB | 13.5 | 110 | 1,496 |
青欄は、高出力ターボエンジン。
ピンク欄は、普通のクルマに用いられるダウンサイジングターボ。
黄色欄は、普通のクルマ用の自然吸気エンジン。
緑欄は、ハイブリッド車に使われている自然吸気ミラーサイクルエンジンです。
ご覧の通り、出力を絞り出すターボでは低圧縮比、自然吸気エンジンは高圧縮比で、それほどの出力の必要がないダウンサイジングターボはその中間の圧縮比となっています。
もうお分かりですね。
ブーストのかからない極低速は自然吸気エンジンと同じなので高い圧縮比が欲しい。
高回転時にはブーストが目一杯かかるので、低圧縮比にしたい。
そんな欲張りなアナタに朗報です。
日産から、長年の夢をかなえた可変圧縮比エンジン、VC-Turboエンジンの登場です。ワーワー パチパチパチ
では、VC-Turboの構造と作動を見てみましょう。
の、前に注釈を一つ。
VC-Turboエンジン搭載車は2018年発売だそうで、つまりまだ詳しい情報はありません。
なので、下のアニメーションは、現時点で発表されている動画と断面図を元に推測して作りました。
間違い等があるかもしれませんが、ご容赦のほどよろしくお願いいたします。
正直に、第一印象を申し上げます。
なんか、ウニュウニュ動いて気持ちワルイ・・・
日産によると、圧縮比は14:1から8:1まで変えることができるそうです。
上の表のすべてのエンジンの圧縮比をカバーしても有り余る変更幅です。
つまり超ハイパワーなGT-R並みの低圧縮比から、超高効率のハイブリッド車用エンジン並みの高圧縮比まで自由自在。
まさに夢のエンジン!
ワタクシメが二十代半ばのハナシです。
フィリピン・パブのジェシカちゃんは来日したてで、まだ日本語があまり話せませんでした。
当時ワタクシメは、片言の英語ができたので、ジェシカちゃんとはすっかり意気投合。
アタシ ワタクシメ サン スキヨ
ダカラ メールアド オシエテ
ウブであったワタクシメが、欲望に抗えるわけもありません。
しかしメールアドを伝えたが最後、お店が暇になるとジェシカちゃんからメールが来ます。
「アタシ ワタクシメサン ニ アイタイヨ!」
なけなしの一万円札を握りしめて雑居ビル三階のドアを押したことが忘れられません。
いったい、いくら使ったことか・・・トホホ
そして成長したワタクシメはもうダマされません。
その証拠に、時々行く中国人パブのリンリンちゃんからLINEのIDを訊かれたって絶対に教えないんだもンネ!
いったいナンの話でしょう・・・?
ああ、もうダマされないという話でした。
冒頭に述べましたロータリーエンジン、ミラーサイクル + リショルム・コンプレッサー、トロイダルCVT、スロットルバルブレス エンジンはもとより、
夢の技術だと喧伝されたのに鳴かず飛ばずの新技術がどれくらいあったでしょう?
いすゞのNAVI5、トヨタの5バルブエンジン、マツダのプレッシャーウェーブスーパーチャージャー、ホンダの縦置きFF5気筒フロントミッドシップ、日産のスーパーターボ、トヨタのスーパーストラットサスペンション、マツダやホンダの4WS、いすゞのニシボリックサスペンション、メルセデス・ベンツのブレーキ バイ ワイヤ・・・
2分間考えただけでもコレだけ出てきます。
いいえ、ディっているのではありません!
懸念しているのです!
アレだけ複雑な仕組みとなれば、コストがかかります。
なので高価格車にしか採用されないわけで、数が出ないとなればなおさらコストは下がりません。
最終的に、フツーのエンジンに戻して排気量を2割増やした方が性能が良かった・・・なんてコトにならないことを、
平泉の夏草の下に埋もれてしまわないことを、
心の底からお祈り申し上げます。
【 これは広告です 】
ワタクシメが開発に参加した、自動車整備士資格取得のための
Web教材「i-Tasu」の宣伝です。
i-Tasuは教育機関向けなので、このサイトを覗いていただいている読者方々の大部分にはあまり関係がないかと思いますが、
「ふーン、こんなのもあるんだァ」
くらいに思っていただけると幸いであります。
i-Tasu特設サイトはコチラ
YouTubeチャンネルはコチラ
完
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