最新ガソリンエンジン
- 第7回 点火系 その6 -
2015/12/04 公開
「ドアをノックする」の「ノック」は、もちろん英語のKnockに由来します。
辞書を引くと、Knockには「トントン叩く」、「突き当たる」「~を打つ」、「非難する」などの意味があるそうです。
一般的な生活の中では、日本語の「ノック」は、ドアのノック、野球の守備練習で行うノック、ボクシングのノックアウトくらいでしか使用しません。
そして野球とかボクシングとかの特別な注釈をつけない限り、「ノックする」は「ドアを」の意味が含まれているように感じます。(あくまで日本語での話です)
ところが、クルマのエンジンの話になると、「ノック」は特別な意味合いを持ちます。
そう、異常燃焼の一つである「ノッキング」です。
ガソリンエンジンでは、吸入した混合気を圧縮し、ピストンが圧縮上死点になる付近でスパークプラグに点火、混合気が燃焼する、という流れが正常の作動です。
なのですが、スパークプラグから離れた場所にある混合気が、スパークプラグの点火によって発生した火炎が届く前に勝手に燃え始めてしまうことがあり、この現象をノッキングと呼びます。
異常な燃焼によって発生した衝撃波がシリンダー内壁を叩く音がするためノッキングと呼ばれるのですが、ドアをたたく「コン、コン」ではなく、「カリカリ」とか「キンキン」という音になります。
以下がノッキングのイメージです。
少々話題を変えます。
第2回 点火系 その1で、圧縮上死点より前でスパークプラグに点火する必要性についてお話ししました。
この点火タイミング、理想のタイミングに向かってドンドン早めたい。
のですが、点火タイミングを早める過ぎると上記のノッキングが発生してしまうのです。
カリカリ、キンキンと音がするだけなら放っておけばよいのですが、実はこのノッキング、最悪の場合にはピストンが溶けたり、穴が空いたりしてしまうそうです。
その昔、2サイクルエンジンでしたが、レースで使用したピストンの頭頂部中央にポッカリと穴の開いたピストンを見せてもらった記憶があります。
なので、エンジニアとしては当然ノッキングは防がなければならないので、そうそう点火タイミングを早めるわけにはいかない。
しかし、エンジンの効率を高めるには、点火タイミングを早めたい。
また出ました。
アッチを立てれば、コッチが立たず。
と言うわけでエンジニアには、ノッキングが起こらないであろうと想定される範囲のなかで、点火時期を目いっぱい早めることしか手立てがありませんでした。
ところがクライスラーが電子制御点火システムを発明して以来、様子が変わります。
前回にお見せした3次元マップのみの方式では、「エンジン回転数が3,000rpmでスロットル開度が60%のときには圧縮上死点前18度で点火せよ」のような命令文のみをコントロールユニットに書き込んでいたわけですが、
この命令文を基本に、次のような命令を書き加えます。
「ノッキングしていないなら点火時期を進めよ。ノッキングしているなら、点火時期を遅らせろ」
いわゆる条件分岐ってヤツです。
もし、AがBならCせよ。
もし、AがBでなければDせよ。
イヤぁ~、電脳社会っぽくなってきました。
ノッキングが起こっていなければ、点火タイミングを少しずつ早める。
点火タイミングを早めすぎてノッキングが起これば、ノッキングが収まるまで点火時期を少しずつ遅らせる。
ノッキングが収まれば、再度点火タイミングを早めていく。
この命令のおかげで、点火タイミングは常にノッキングが起こるか起こらないかのギリギリまで早めることができ、エンジンは効率よく、かつピストンが溶ける心配もなく作動することができるのです。
で、問題となるのが、どうノッキングの発生を検知するかです。
今日のコンピューターであれば、エンジンルームにマイクを付けて音を拾い、キンキンとかカリカリを聞き分けることも可能でしょう。(可能でも、そんなことはしていませんけどね)
で、エンジニアは考えた。
音とは空気の振動だから、音がするってことは、ナニかがナニかを震わせて、それが空気に伝わっているのだ、と。
で、ノッキングの場合は、「異常燃焼の衝撃波」が、「シリンダーブロック」を震わせていることを見つけ出した。
では、シリンダーの異常な振動を検知すれば、すなわちノッキングの発生を検知することに等しいのだ、と。
そしてシリンダー異常振動を検知するのがノックセンサー。
昔のノックセンサー
今のノックセンサー
その昔、クルマのエンジンにノックセンサーが採用されるようになった頃、ノックセンサーの心臓部である振動を感知する素子は、「圧電素子」と呼ばれていました。
圧電素子は圧力を受けると、つまり叩かれたりすると電気を発生する性質をもっています。
その圧電素子でノッキングを検知する理屈は以下の通り。
ます、ノックセンサーをシリンダーブロックに取り付けます。
ノッキングによる振動が発生すると圧電素子が電気を発生します。
コントロールユニットは、ノックセンサーからの電気を受け取ると「ノッキング発生」と判断します。
この圧電素子の存在を知った、若かりしワタクシメはピンときました。
圧力を受けて発電するなら、新宿駅の階段一面にこれを敷き詰めれば、原発いらねージャン!
もちろん冗談です。
いくらオバカな若かりしワタクシメでも、費用対効果という言葉は知っておりましたから、設置、メンテナンスにかかる費用と発電量を天秤にかけたら、それが現実的でないくらいは想像できました。
そして残念ながら、若人がオッサンになるくらいの時間を重ねても、JRなどで実験は行われるものの、ほとんど実用化例がないようです。
なんだか人が歩くだけで、タダで電気が作れるようなイメージですが、そもそも世の中タダのモノなんてありません。
この圧電素子、圧力を受けるとほんのわずかに変形することで電気を発生するのです。
変形するということは、歩行者は自分の体重を支えるのに加え、素子を変形する力を発生していることになるのです。
だいぶ大袈裟な喩ですが、砂浜を歩くと疲れるのと同様、圧電素子の上を歩けば疲れるのです。
ただし、それは体感できないほど小さいモノでしょう。
そして体感するほど小さいだけに発電量もウンと小さく、こういった使い方では使いモノにならないのです。
閑話休題。
クルマ業界においては、圧電素子はいつの頃からかピエゾ素子と呼ばれるようになりました。
英語では当初からピエゾエレクトリック エレメント(piezoelectric element)ですから、呼称が変わったのは日本だけでしょう。
そー言えば光ファイバーも、ワタクシメが中学生の頃は光学繊維と呼ばれていました。
一体どのような圧力が加わると、モノの呼び名が変わるものなのか、全然想像がつきません。
ナニが悲しいって、呼称の変遷を体験してきたワタクシメは、この件については時代の証言者なのです。
時代の証言者って・・・
あ~あ、いつの間にか歳くっちまったなあ~オレ・・・(涙
ですから時代の証言者の証言によれば、上の写真の昔のノックセンサーには圧電素子が使われていて、今のノックセンサーにはピエゾ素子が使われているということになります。
ま、どーでもいいことですが。
さて、圧電(ピエゾ)素子などのセンサーと電子制御の点火装置、ICのコントロールユニットによって、機械式の進角装置では夢想することすらできなかった緻密な制御が可能となりました。
嗚呼、悲しいかな。
遠心ガバナーやダイヤフラムは、完全に遺物となったのです。
そして、こういったこの制御はノッキングだけに留まりません。
エンジン冷却水温度によって点火タイミングを変え、ターボ車ではブースト圧によって点火タイミングを変えたりします。
さすがにこういった緻密に制御されると、遠心ガバナーやダイヤフラムには申し訳ないけれど、第一線からはご退場いただくしかないのかと・・・・残念ですが(涙
しかし、進化はまだまだ止まりません。
クライスラーの電子制御化の衝撃をファースト・インパクトとすると、1985年にセカンド・インパクトが襲ってきます。
点火装置から完全に機械動作部品が駆逐されるのです。
さあ、セカンド・インパクトとは一体?
続きます。
続く
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