トルクベクタリング

- 第1回 ディファレンシャルギア -

2015/06/22 公開

jet また新し言葉が出てきました。
トルクベクタリング・・・
一体ナンのことでしょう。
トルクは「回転力」、ベクタリングは「方向付するモノ」となりましょうか。
回転力を方向ずけするモノ? 回転力で方向付けするモノ?
・・・ナンだか、まだよくわかりません。

左の写真は、航空機に使われるジェットエンジンです。
エンジンのお尻側、ジェット噴流が噴き出すノズルが下に傾いているのがわかります。
むろん、常時下を向いているわけではなく、必要に応じてノズルの向きを変えられます。
離陸時や急上昇時などに、主翼による揚力だけでなく、ガスを下に向けて噴出させることで短距離離陸や機動性向上を狙ったもので、スラストベクタリングと呼ばれる機能であります。
おおっ!
トルクベクタリングとスラストベクタリング!
ナニか関係がありそうです。




トルクベクタリングの話をする前に、ディファレンシャルギアのお話をせねばなりません。
ディファレンシャルギア、略してデフです。

馬鹿にすんなッ!
デフくらい知っとるわッ!

とおっしゃられるオッサン方々、お怒りごもっとも。
しかしながら、いったいデフがどう動いているのかを、自信を持って「知ってる」とは言えないオッサン方も少なくはないのでしょうか?
実際ワタクシメも、中身を目視できる模型を見るまで自信がございませんでした。
なので、基本的なことから始めますが、詳しいオッサン方々は読み飛ばしていただければと存じます。



小学生の頃の話です。
運動会の練習だったのか、体育の授業であったのか、行進をさせられました。
5~6列の縦列で、校庭のトラックを一糸乱れぬ隊形で歩く、アレです。
今の小学生がソレをするのかどうかわかりませんが、オッサンであれば一度くらいは経験があるのではないでしょうか。

で、その行進。
問題はカーブに差し掛かった時です。
内側の列に並んでいればいいのですが、外側になればなるほど大股で歩かなければなりませんでした。
先頭の、一番内側のヤツが気を使ってくれればいいのですが、そうじゃないと最外側はもう大変。
又が裂けるんじゃないか、ってほどの大股で歩かねばなりませんでした。

クルマも同じです。
カーブでは外側のタイヤが内側のタイヤより余計に回らなければなりません。
非駆動輪(FF車なら後輪、FR車なら前輪)では問題が起こりません。
左右のタイヤは機械的につながっていませんから、それぞれが自由気ままな回転速度で回ることができます。
問題はエンジンとつながった駆動輪です。
外輪と内輪はエンジンからの駆動力を伝えるシャフトでつながっているので、別々の速度で回るには、シャフトを捩じるかタイヤをスリップさせるしかありません。
では、どのくらいの回転差が生じるのでしょうか?
ちょっと計算してみました。

suzuka R60(半径60m)と言えば、鈴鹿サーキットのヘアピンです。
ココをトヨタ 86で曲がってみましょう。
86のリアトレッド(左右ホイール間の距離)は1,540mm。
タイヤは215/45、ホイールは17インチですから、タイヤ外周は約1960mm。
もちろん、タイヤが路面に接する部分はつぶれますし、コーナーリング中は後輪もわずかに滑っていますから、あくまで単純計算ですが、
トヨタ 86が鈴鹿のヘアピンに進入して直線部分に達するまでに2.5回転ほど外輪は内輪より多く回転しなければならないようです。
サーキットならともかく、一般道できついカーブを曲がるたびに2.5回転分もタイヤをスリップさせるわけにはいきません。
そこで登場するのがデフで、この2.5回転を吸収します。
さあ、いよいよデフの仕組みです。
まずはデフの位置です。
その働きを考えれば当たり前ですが、FF車では前輪間に、FR車では後輪間にあります。
loc

自動車がここまで普及した要因として、三つの大発明があったという話を聞いたことがあります。
ガソリンエンジン、空気入りタイヤ、ディファレンシャルギア。
この三つがなければ、自動車はこんなにも快適な乗り物にはならず、ここまで世界中で普及することもなかったであろうと。
その三本柱の一つであるにもかかわらず、デフはとっても地味な存在です。
FF車なぞでは、デフはトランスミッションのケースの中に収められているため、三本柱の一角であることが信じられないくらい自己主張しません。

まあ、それは置いておいて、デフの中身を見てみましょう。
ここではFR車用を例に挙げます。



デフ全体の作動の前に、ピニオンの作動を確認してください。
ピニオンは、ディファレンシャルケースによて回転されられますが、これを仮に「ピニオンの公転」とします。
同時に、ピニオンは自身の軸を中心に回転することができます。これを「ピニオンの自転」とします。
下の動画は、わかりやすくするためピニオンを1つ端折って、さらに色付のの円盤を追加してあります。



ではようやくデフの作動です。
の、前にもう一つ。
下の動画を見るにあたって、クルマの重量と、タイヤと路面の摩擦力によって、サイドギアには、サイドギアを回すまいとするブレーキ力が加わっていると考えてください。
まずは直進で、左右のタイヤが接する路面が平坦で、表面も同じである場合です。
言い換えると、左右のサイドピニオンには同じだけのブレーキ力が加わっていることになります。


ピニオンは、ディファレンシャルケースによて公転させられます。
右のサイドギアは、前述のブレーキ力によって回されまいとする力が加わるため、公転するピニオンを反時計回り(注:見る方向による)に自転させようとします。
ところが左のサイドギアにも同様な力が加わっているため、ピニオンを時計回りに自転させようとします。
このためピニオンはどちらにも自転することができないため、もはや歯車として働かず、サイドギアとピニオンは一体化された状態となります。
このためエンジンからの回転は、ディファレンシャルケースの回転 → ピニオンの公転 → サイドギアの回転
と、伝達されます。


続いて旋回時です。
ここでは、左コーナーを曲がってるとします。
左のサイドギアよりも、右のサイドギアが速く回転しなければなりません。
ここでは、その回転差をギューっと拡大して、右のサイドピニオンの回転数を0にしてしまいます。


左サイドギアには、タイヤと路面との摩擦によって、より大きなブレーキ力が加わります。
一方、速く回らなければならない右サイドギアのブレーキ力は小さい。
言い換えると、右サイドギアのピニオンを回すまいとする力より、左サイドギアのピニオンを回すまいとする力の方が大きい。
結果、ピニオンは自転し、左右のサイドギアの回転差を吸収します。

以上は極端な例ですが、このようにして、デフは左右タイヤの回転差を吸収します。

しかしこの極端な例、ときどき起こります。
片輪が泥や凍結路に乗ってしまったとき、あるいは溝に落としてしまったときなどで、タイヤと路面の摩擦力(グリップ力)がまったく発生しなくなってしまった場合です。
上の動画の例で言うと、右輪が凍結路や溝の状態です。
右輪では、路面との摩擦によるピニオンを回すまいとする力がまったく発生しなくなります。
このとき、動画の通りエンジンの回転力はすべて右のサイドギアに伝わってしまい、路面と接している左タイヤには一切の駆動力が伝わりません。
オッサンの皆様方も、一度や二度はご経験があるのではないでしょうか?
アクセルを踏んでも、滑っている方のタイヤは景気よく回転するのに、反対側のタイヤはピクリともしない。
これが、左右輪の回転差を吸収してくれるデフの副作用です。

さて、ここまで極端ではなくとも、スポーツドライビングやサーキット走行を行うオッサン方は、このデフの副作用に悩まされているはずです。
下の画像は、交差点をすごい勢いで曲がるスバル WRXです。(こーつールールは守りましょう。スピードは控えめに!)
turn

このWRX、あまりにも勢いが良すぎて、内側のタイヤがほとんど浮き上がっています。
この状態から、コーナーの脱出に向けてドライバーがアクセルをグイッと踏み込んだらどうでしょう?
内輪は、凍結路に乗った、あるいは溝に落としてしまったのと同じ状態ですから、
エンジンの力のほとんどは浮き上がっているタイヤ側に伝わり、浮き上がったタイヤは路面の表面を掻き毟るだけでちっとも前に進む力を発生しませんし、
しっかりと路面とつかんでいる外輪にはエンジンの力が伝わりません。
結果、コーナー脱出時の加速がままならず、スポーツドライビングやサーキットではほとほと困ったことになるわけです。
さて、どうしたモンでしょう・・・

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「ふーン、こんなのもあるんだァ」

くらいに思っていただけると幸いであります。

続く


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