トルクベクタリング
- 第3回 トルクベクタリング -
2015/07/15 公開
ようやく本題にたどり着きました。
三菱 ランサーエボリューションです。
メルセデス ベンツ 190 エボリューション、ランチア デルタ HF インテグラーレ、プジョー 205ターボ16・・・
レースやラリーで勝つために製作されたホモロゲーション・モデルは、今も昔も強烈なオーラを放っています。
ラリーで勝たなければならないランサーエボリューションに求められたのは、速くて、壊れなくて、よく曲がることでした。
「速さ」と「壊れない」ことはココではちょっと置いておいておきます。
「よく曲がる」ために三菱のエンジニアは、コーナーの内輪より外輪により多くの力を配分することを企てました。
それがAYC(アクティブ ヨー コントロール)で、1996年のランエボⅣから採用されました。
メカ好きなオッサン方には釈迦に説法となることは重々承知のうえ、ヨーについてお話しします。
クルマの運動方向は、ロール、ヨー、ピッチに分けられます。
まずはピッチです。
クルマを横から見て、クルマの中心を軸に回転する運動で、加速時や減速時に発生します。
続いてロールです。
クルマを前から見て、クルマの中心を軸に回転する運動で、ステアリングを切った時に発生します。
最後にヨー。
クルマを上から見て、クルマの中心を軸に回転する運動です。
アクティブ ヨー コントロールは、「積極的にヨーを制御する」で、もっと平たく言えば、「強引にクルマの向きを変えちゃえ」です。
前回お話いたしましたよう、LSDではどんなにがんばっても左右輪のトルク配分は50:50にしかなりません。
そこで、もっと外輪にトルクを配分して強引に速く回転させることで、クルマの向きをコーナー内側に向けてしまうのです。
で、誰が配分するかと言えば、やはりデフしかありません。
多板クラッチ式、ビスカスカップリング式、トルセンなどのLSDは、作動こそ少々ややこしくはありましたが、構造自体は単純ではありませんがとてもすっきりしていていました。
チョット文学的に発言させていただければ、機能を体現するための美しさがありました。
しかしこのAYCのデフ、自然の摂理に逆らった作動をさせるため、ゴテゴテしています。
たとえるならLSDは、できる仕事こそ限られるものの、化粧が薄くとも美しさがある新人OLさん。
AYCデフは、仕事はできるけど、イチイチ発言に裏がありそうな化粧の濃い・・・以下、自主規制シマス・・・・
では、まず構造からみてみましょう。
プラネタリーギアってなんじゃ? と言う方はコチラを参考にしてください。
ちなみに、本来のデフの役割である左右輪の回転差を吸収する部分にプラネタリーギアが使用されているものはスーパーAYCと呼ばれ、2003年のランエボⅧから採用されました。
それ以前の素のAYCの回転差吸収部分は、一般的なデフと同様なべべルギア(傘状ギア)が使われるタイプでした。
では作動を見てみましょう。
お解りいただけましたでしょうか。
こんなにメンドクサイ仕組みを使って外輪に余計にトルクを伝えます。
もちろん電子制御で、アクセル開度、ステアリングの回転角度や回転速度、エンジントルク、車体に加わる横Gなど、たくさんの情報から最適なトルク配分量を演算します。
さてさて、コーナー外輪に積極的にトルクを配分することでクルマの向きを変える。
これがトルクベクタリングです。
第1回で、ジェットエンジンのスラストベクタリングについてお話いたしましたが、
スラストベクタリングはジェット噴流の向きを変えて機体の運動方向を変える。
トルクベクタリングは、左右の駆動力の配分を変えて車体の運動方向を変えるのです。
設定次第では、ハンドルを切ることなくカーブを曲がることができることでしょう。
さて、正直申し上げます。
ワタクシメ、このトルクベクタリング機能を初めて採用したのは前述の通りランエボⅣだとズーッと思っておりましたが、
この稿を書くにあたって色々ググっておりましたところ、それが間違いであることがわかりました。
世界初のトルクベクタリングは、1996年の5代目ホンダ プレリュードのATTS(Active Torque Transfer System: アクティブ トルク トランスファー システム)でした。
ですので、前回の最後の部分の「で、三菱のエンジニアは考えた。」は、このサイト流に言えば、「で、ホンダのエンジニアは考えた。」が正解です。
ホンダさん、ゴメンナサイ。
ところで皆さん。覚えていらっしゃいますか、5代目プレリュードを?
ワタクシメ、最初はカタチを思い出すことすら難儀しました。
初代はともかく、2代目は浮かれた時代とも重なり、トヨタ ソアラなどと共にスペシャリティーカーともてはやされて、人気を博しました。
一体スペシャリティーとは何なのか、オトナになるちょっと前のワタクシメ少年にはサッパリわかりませんでしたが、でも確かにカッコよく、なんとなくスペシャルな雰囲気で、憧れたものです。
今になって思えば、スペシャリティーとは、要は助手席にワンレン・ボデコンの女性を乗せて似合うことではなかったのかと回顧する次第でございます。
もちろん、ワタクシメ少年の駆るのはワンレン・ボデコングルマのプレリュードやソアラではなく、中古のヤマハ RZR250でした。トホホ・・・
3代目は、2代目ほどのインパクトはありませんでしたが、世界で初めて同位相、逆位相可能な4WS(4輪操舵)が採用され、後輪が切れるテレビCMが印象に残っています。
余談ですが、この世界初の4WS、プレリュードとマツダ カペラがほぼ同時に採用しました。
プレリュードが純機械式、カペラが電子制御式で、ドチラが優れているんだ? とワタクシメ少年はコーフンしたものです。
4代目は、大分影が薄くなってしまいました。バブル崩壊が始まった1991年にデビューですから、世の中はもうスペシャリティーなモノを求めなくなってしまっていたのでしょうか・・・。
それでも、テレビCMでアイルトン・セナがカッコよくリモコンでドアをロックする姿が印象的でした。
そして5代目・・・
5代目にお乗りだったオッサン、「オレは好きだったぜ、5代目」とおっしゃられるオッサンがいらっしゃいましたら、謝ります。
ウィキペディアで見るまで、形を思い出すことすらできませんでした。
世界初のトルクベクタリングですから、乗ったことはありませんが、当時のワタクシメは興奮して自動車雑誌を読み漁ったに違いないのに・・・
しかし言うまでもなく、プレリュードはFFです。
前輪に駆動力をかけ、かつ操舵します。
ホンダは果敢に、その前輪にトルクベクタリングを仕掛けたのです。
現在では大分良くなったとはいえ、それでも本質的にFFでは駆動力がステアリングに影響を与えます。
20年前のハイパワーFF車では、ハンドルを切らなくてもアクセルだけで曲がれると揶揄されたほどです。
その前輪にトルクベクタリング・・・
イヤな予感がします。と言うか、イヤな予感しかしません。
とは言え、さすがにに20年も前の自動車雑誌を保管しているわけもなく、その予感を確かめる方法をワタクシメは持ちえません。
確かめることはできなくても、プレリュードが生産中止となると、ATTSも他車種に受け継がれることもなく、ひっそりと姿を消しました。
しかしホンダは諦めていませんでした。
2004年デビューの4代目レジェンドに、4輪駆動システムであるSH-AWDの一要素としてトルクベクタリングを復活させました。
構造は、AYCより素直です。と言うか、わかりやすい。
ただし、資料が少なく、推測で書いた部分もあります。
間違っていたらゴメンナサイということを、あらかじめご了承お願い申し上げます。
もし、詳細をご存じの方がいらっしゃいましたら、トップページのメールボタンからご指摘いただければ幸甚であります。
デフのリングギアから出力し、左右のプラネタリーギアのサンギアに入力します。
インターナルギアは、電子制御式の多板クラッチでデフ外側のケースに固定されます。
プラネタリーキャリアから出力します。
直進時には、左右のクラッチを同時に締結します。
右旋回時には、右側クラッチを緩め、左クラッチをきつくします。
これで、トルクは外輪である左輪に多く配分されます。
左右トルクの配分は、0~100%、100~0%の間で配分できます。
2015年、バトンは5代目レジェンドに受け渡されます。
しかし5代目レジェンドは3モーター式の4WDハイブリッド。
つまりモーター1個はエンジンの補助。残りの2個はそれぞれ後輪を駆動。
つまりこんな感じ↓
もうこうなっちゃうと、ナンでもありです。
ソフトウェア次第で、どんな制御でもできちゃう。
と同時に、このサイト的にはナ~ンも面白くありません。
前述の4WSの話もそうです。
機械式を採用したプレリュードでは、ハンドルの舵角がある角度までは、後輪が前輪と同じ方向に切れる。
舵角がある角度以上になると、後輪は前輪と逆方向に切れる。
その仕組みの図解を見たワタクシメ少年は、溜息と共にその作動に思いを馳せたものです。
ところが電子制御。
今後登場する新技術の8割は、きっと上図のようなイラスト一枚で済んでしまうことでしょう(涙
となると、このサイトの存在意義も・・・(再度涙
閑話休題
で、トルクベクタリングです。
次期ホンダ NSXは、5代目レジェンドを逆さにした仕組みで、左右前輪にモーター1個ずつとエンジンの補助にモーター1個となるとのうわさです。
もちろんトルクベクタリング制御付。
速く走ることが至上命題のランエボやNSXであるならば、トルクベクタリングも理解できます。
ただ、プレリュードやレジェンドで必要でしょうか?
おそらく、答えは否です。
あくまで推測ですが、ホンダのエンジニアがやりたいからやった。
日産のダイレクト アダプティブ ステアリングと同様です。
なので、今後この技術が多くの車種に採用されるとは考えられません。
でもいいじゃないですか!
よくよく考えてみれば、
DOHCも、ターボも、9速ATも、20インチホイールも、本革シートも、木目パネルも、イラネちゃあ~イラネ
のですから。
さて、イラネっちゃイラネェ三菱やホンダのトルクベクタリングですが、これらを本格的トルクベクタリング、オトコの中のオトコのトルクベクタリングだとすると、ナンチャッてトルクベクタリングも存在します。
ホンダ S660のアジャイルハンドリングアシストやポルシェのPTV Plusなどがソレにあたります。
オッサンの皆様方はVDCはご存知でしょうか。
機会があったら詳しくお話しできればと思うのですが、簡単に申しますと、コーナーを曲がっている最中にオーバーステアやアンダーステア状態に陥った時に、1輪(または2輪)のブレーキを作動させてオーバーステアやアンダーステアを打ち消す機能です。
もう20年も前からある機能です。
このVDC、ABSと同じで困ったときに助けてくれる仕組みです。
誤解を恐れずに言えば、VDCでは、アンダーステア、つまりクルマが曲がってくれない時にはオーバーステア(クルマが曲がりすぎる)になるための制御を行います。
ならば、曲がってくれない時ではなく、曲がりたいときにオーバーステアになるための制御を入れてやれば、クルマはヨク曲がってくれるわけです。
しかしながらコレは、減速したいわけじゃないのにブレーキをかける謂わばマイナスの制御。
ココがワタクシメが「ナンチャッてトルクベクタリング」と呼ぶ所以です。
残念ながらその効果の程を知る由もありません。本格的トルクベクタリングに大きく劣るのか、費用対効果を考慮すればこれで十分なのか?
ショーワ生まれの、重厚長大好き、巨艦大砲主義のワタクシメは、チョコチョコっと小手先で済ますナンチャッてトルクベクタリングより、本格的なヤツの方に好感を持ちます。
デモ、効果にあまり差が無いようであればドッチでもいいか。
ナンと言っても、
イラネっちゃ、イラネェ
のですから。
完
一端これにて「完」といたしましたが、どうやら「ナンチャッてトルクベクタリング」が流行りそうな気配がしてきてしまっております。
スポーツカー系のクルマのみが採用しているならともかく、セダンやワゴン、SUVまで採用が広がってしまいそうです。
したがいまして、もう少し、このナンチャッて トルクベクタリングを掘り下げてみたいと思います。
さらに、「ナンチャッて」ではカッコ悪いので、この際、ブレーキ制御式トルクベクタリングと呼称を変更させていただきます。
では次回、ナンチャッ・・・じゃなくてブレーキ制御式トルクベクタリングに取り掛かります。
続く
|
TOPへ戻る