トルクベクタリング

- 第7回 ESCからトルクベクタリング -

2016/08/09 公開

tida その昔、ジムカーナに参加したことがあります。
ご存知の方も多いかと思いますが、ジムカーナとは駐車場のようなだだっ広い場所にパイロンを並べてコースを設定し、パイロンに当たらないようにせせこましく曲がりくねる競技です。

「参加したことがあります」と遠慮がちな書き方から類推できる通り、ワタクシメ、ソート―へたくそな部類でございました。
そして腕が未熟な分、口は達者になるものです。

「7本目のパイロンでアンダーが出ちゃってさ、あそこでコンマ3秒はロスしたな・・・」

なんてことを口走ったりします。
この玄人っぽいセリフ、ジムカーナ未経験者や、数少ないワタクシメより下手くそなドライバーには受け入れられましたが、上級者の耳にでも入ろうものなら一喝されます。

「あのサー、ワタクシメ君。アンダーが出てるんじゃないんだよね、君が出してるんだよ!」

・・・グゥの音も出ません。

ここでいう「アンダー」とは、もちろんアンダーステアのことで、ハンドルを切っても思ったようにクルマが曲がってくれない状態を指します。
となれば、その反対はオーバーステアで、ドライバーの意図よりもクルマが曲がってしまう状態です。
そしてハンドルを切った通り、ドライバーの思った通りに曲がってくれる状態がニュートラルステア。
かつて日本各地の峠道でブイブイいわせていたオッサン方には不要な話ではありますが、話の流れの都合上、まとめたアニメーションを作りました。


この稿を書いていてふと気づいたのですが、最近の自動車雑誌の試乗記に「アンダーステアが・・・」という記述を見かけなくなったような気がします。
かつては、「アンダーが強い」とか、「弱アンダーに躾けられている」とか「ニュートラルステアに近い」だとかの評価が必ず書いてあったものです。
いったい何故、自動車雑誌から「アンダーステア云々」の評価が消えてなくなってしまったのでしょうか?

ワタクシメ思うに、技術が進歩して、普通のオッサンがちょっと頑張ったぐらいのスピードでは、ハンドルを切った通りにクルマは曲がり、もうアンダーもオーバーもない。
さらにオッサンが頑張って速度を上げてヤバイ状況に陥りそうになれば、この後にお話ししますESCが介入してアンダーもオーバーも出ない。
と、いうことなのでしょうか・・・?

自動車雑誌記者も大変です。
昔のように探せばくらでも欠点が見つかるクルマなら記事にも困らないでしょうけれど、こう技術が進歩してどれもこれも及第点となれば、一般ユーザーにはドーでもいいような重箱の隅をつつくしかなくなってきます。
でも、一般の乗用車のハンドリングは安全のために弱アンダーステアーに設定されている、ということは自動車雑誌が教えてくれました。

一般乗用車は弱アンダーなのですが、例外もあります。

crx たとえば、若かりしワタクシメが所有していた二代目ホンダ CR-X(EF7型)。
このクルマ、FFにも関わらずお尻が軽いことで名を馳せていました。
ある雨の日、ワタクシメは仕事で港へ向かっていました。
朝一番に接岸する船の荷物を確認するためです。
ご存知のオッサンもいらっしゃるかとは思いますが、埋め立てされた港湾地区の道路は碁盤の目状で、どこも直角カーブ。しかも片側二車線の道路も少なくありません。

「オラッチの船はどこかな~」

と、ちょっとだけ寝坊して遅れてしまったワタクシメは、焼きそばパンを頬張りながら、キョロキョロとお目当ての船を捜しつつ港の中を走り回っていました。

「あっ、あった!」

と船を見つけたのは、とある直角カーブを曲がっている最中でした。
後になって冷静に考えてみれば、「あっ、あった!」と同時に、反射的にアクセルを緩めてしまったのですね。
その瞬間、後輪はグリップを失ってツツツーと流れ出しました。

イエね、言い訳をお許しいただけるのであれば、ワタクシメも下手くそなりにジムカーナとかやっておりましたから、真剣に、集中して、ハンドルを10時10分の位置で握ってさえいれば、対処できたのですよ・・・タブン
ところがこの時は、左手に焼きそばパン、体はシートバックから浮かしてフロントガラスから覗き込むように巨大な自動車運搬船を見上げていて・・・
となれば、CR-Xの唐突なリアの滑り出し対処できるはずもなく・・・
・・・まァ、下手くそだったのです・・・(涙
大きな声では言えませんが、一般道、ジムカーナ場問わずスピンした経験は数知れず。

MR2 オーバーステアでさらに有名だったのは二代目MR-2(SW20型)の初期型です。
ワタクシメ、初代MR-2(AW11型)と二代目の初期型以降のハンドルを握る機会はあったのですが、残念ながらと言うか、幸いにもと言うか、このスーパーテールハッピーの二代目初期型には乗ったことがありません。
その後輪の暴れぶりを某自動車雑誌曰く

「ランチャがストラトスでコレをやるとスーパーハンドリングと絶賛されて、トヨタがやると『危険だ』と評価されるのは何故か?」

そして別の自動車雑誌が、このコメントに対してまるで返歌のように

「ランチャは意図してこうした。トヨタは意図しないのにこうなちゃった。」

ウム~・・・なかなか深い・・・

しかし、ワタクシメのように焼きそばパンを頬張りながらEF7やSW20でスピンした経験のあるオッサン方々、

安心してください。

そんな貴兄のために、1995年、ボッシュがESCを開発してくれました!

ESCはエレクロニック スタビリティー コントロールの略で、直訳すると電子制御 安定性 制御装置です。
このESC、コーナーリング中に発生するアンダーステアやオーバーステアを打ち消してくれる焼きそばパンオッサンには大変ありがたい装置です。
ちなみにESCはボッシュの呼称で、
  • トヨタはVSC(ビークル スタビリティー コントロール: 車両安定性制御)
  • 日産はVDC(ビークル ダイナミック コントロール: 車両動的制御)
  • ホンダは「横滑り制御」。ABSやTCSと合わせてVSA
  • マツダはDSC(ダイナミック スタビリティー コントロール: 動的安定性制御)
  • スバルはVDC(ビークル ダイナミック コントロール: 車両動的制御)

と、国内主要メーカーだけを見ても呼称は百花繚乱。
これに海外メーカーも加えたら、ナニがナンだか・・・

この中で面白いのはホンダとスバルです。
現在のホンダは、ボッシュのESCに当たる略称は無く、ABSやTCSと合わせてVSAと呼んでいるようです。
なのでカタログ上ではボッシュESCの部分は「横滑り制御」。
一方スバルは、現在ではボッシュESCの部分をVDCと呼んでいますが、数年前まではホンダ同様、ABS、TCSとボッシュESCの部分を合わせてVDCと呼んでいました。

さらにトヨタで言えば、ボッシュESCの部分はVSCですが、これにABS、TCS、エンジン制御、ステアリング制御まで合わせてVDIM(ビークル ダイナミック インテグレーティッド マネージメント)なんて呼んでいたりします。
イチイチ名称を考えなきゃならない自動車メーカーのヒトも大変でしょうが、消費者でもあるワタクシメも混乱します。
是非とも、織田信長的人物が現れ、乱世をおさめてこの名称を統一してもらいていものです。

ちなみに、今では統一されてABSも過去には乱世でした。
トヨタはESC(エレクトロニック スキッド コントロール)、日産はWAS(ホイール アンチ スキッド)、ホンダはALB(アンチ ロック ブレーキ)などなど。
時代に隔たりがあるので混同される恐れはないかと思いますが、トヨタの初期のアンチロックブレーキがESC、ボッシュのアンダー・オーバー打消し装置がESC・・・
織田信長の登場が待たれます。


さて、そのESC(ボッシュの方ですよ、念のため)の作動原理ですが、今を遡ること二十年近く前のことです。
とある輸入車会社の研修で、講師の方が素晴らしい実例をもって説明してくださいました。
講師は座っていたオフィスチェアから立ち上がると、それを前後に動かし始めました。
その様子を、受講者の感嘆とともに再現してみました。



お分かりいただけましたでしょうか?
コーナーリング中、内側後輪に爪先を突っ込むと(ブレーキをかけると)、クルマには旋回内側へ向かう力が働きます。
逆に、外側前輪に爪先を突っ込むと、クルマには旋回外側へ向かう力が働きます。

これをクルマの動きに当てはめてみると・・・

いつものように大袈裟に表現しておりますので、その点はご了承を。
また、クルマによっては複数のブレーキ、たとえばオーバーステアを打ち消すときに、外側前輪に加え外側後輪にもブレーキをかける制御したりしています。

ブレーキを作動させる仕組みは前回のTCSと同様なので割愛しますが、問題は、「いつ」ブレーキをかけるか。
言い換えると、ESCのシステムはどうやってオーバーステアやアンダーステアを検知しているか、です。

それを説明したのが下図です。
VDC4

ミソはステアリング舵角センサーとGセンサー。
ステアリング舵角センサーは、ドライバーがハンドル切った角度、ハンドルを切る速さを検知します。
Gセンサーは、クルマにかかる横Gの大きさを検知します。

そこそこ急なカーブが迫ってきました。
助手席のメカケにいいトコを見せようと、オッサンはノーブレーキでカーブに突っ込み、スパッとハンドルを切ります。
コントロールユニットは、車速信号とステア輪舵角センサーからの信号で
「ハハ~ン、オッサンはこのくらい曲がりたいんだな・・・」と演算します。
ですが、Gセンサーから送られてくる信号は、オッサンの望むコーナリングで発生するはずの横Gに遠く及びません。
「プッ、ド アンダーだしてるじゃん! 下手くそが!」 
コントロールユニットは嘲笑を浮かべます。
しかし笑ってばかりもいられません。
ナンと言っても相手は大枚をはたいてくれたお客様なのです。
このままアンダーステアが続けば、悪けりゃ谷底へ真っ逆さまです。
たとえ谷底に落ちなくても事故になってしまえば奥様にメカケの存在がバレ、家庭崩壊へ真っ逆さまです。
オッサンが支払うことになる慰謝料、養育費等を考えれば、とうてい次の新車を購入していただけそうにありません。
そこでコントロールユニットは、内側後輪に軽くブレーキをかけアンダーステアを打ち消します。

一瞬ヒヤッとしたオッサンでしたが、ESCのおかげで無事に峠道を抜け、不倫ご用達温泉宿へたどり着くわけです。メデタシ、メデタシ・・・なのか?



ブレーキ制御式トルクベクタリング

ようやく、本題にたどり着きました。
1970年にフォード リンカーン・コンチネンタルに採用されたアナログ式ABSから始めて、ようやくブレーキ制御式トルクベクタリング登場の下地が整った訳です。

弊サイトを通読してくださっているオッサン方(感謝です!)であれば、すでに察しがついておられるかもしれません。
そう、ブレーキ制御式トルクベクタリング・・・もう、書くことがありません(涙
でも敢えてブレーキ制御式トルクベクタリングの作動を書くと・・・

ESCがアンダーステアを打ち消す制御を、オーバーステアが発生した時ではなく、カーブ入口のハンドルの切り始めにしてやれば、アラ不思議、クルマはグググッと曲がってくれるのです。

・・・以上、おわり。

このシステムについて書き始めたときから嫌な予感がしていたんです・・・イヤ、嫌な予感しかしていませんでしたが、その通り強烈な尻つぼみになってしまいました。

でもしかたがないのです。

ABS、TSC、ESCのボッシュ発電子制御ブレーキ3兄弟、そしてブレーキ制御式トルクベクタリングの基本構造は、すでに最初のABSの時点でほぼ出来上がっていたのです。
それにいくつかのセンサーや、制御ロジックを加えることで、ココまで発展してきたのです。

電子制御とは、そういうモノに違いない・・・とワタクシメはワタクシメを慰めるのです(涙

そしておそらく、いま話題の自動運転もそういうモノであるに違いありません。

そう遠くない未来に、

ボッシュ社(独)、世界初の乗用車向け完全自動運転システムを開発!

なんて記事が出ることでしょう。

でも、できることなら

トヨタ自動車、デンソーと乗用車向け完全自動運転システムを共同開発(世界初)!

という見出しを見てみたいものです。



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