トルクベクタリング
- 第4回 ブレーキ制御式トルクベクタリング -
2016/07/22 公開
BOSCH:ボッシュ と聞けば一般的にはドイツ製の電動工具が思い出されるのでしょうか?
しかしながら、コト自動車業界においてはヒジョーに有力な部品会社のイメージです。
電子制御装置、燃料噴射装置、ブレーキ、パワステ、スターターモーターにオルタネーター、ヘッドライトなどなど、クルマを分解してみれば、ありとあらゆる部品にBOSCHのロゴが刻まれています。
予め申し上げますが、ワタクシメはボッシュの回し者ではありませんし、愛用電動ドリルもボッシュ製ではなくマキタ製です。
しかしながら、この会社に敬意を払わずにいられないのは「世界初」の多さです。
ちょっとボッシュのホームページから拾ってみました。
- 1926年 電気式ホーン
- 1926年 電動式ワイパー
- 1927年 カムシャフト式の自動車用ディーゼルエンジン燃料噴射ポンプの量産化
- 1927年 負圧式ブレーキブースター
- 1936年 乗用車用ディーゼルエンジンエンジン燃料噴射ポンプの量産化
- 1951年 乗用車用ガソリンエンジン燃料噴射システム
- 1958年 半導体を用いたボルテージレギュレーター
- 1959年 電動式ウインドウ ウオッシャー
- 1959年 オルタネーター(交流式発電機)
- 1967年 電子制御式ガソリンエンジン燃料噴射システム
- 1976年 H4ハロゲンランプ
- 1976年 O2センサー
- 1978年 ABS(アンチロック ブレーキ システム)
- 1979年 モトロニック(燃料噴射とスパークプラグ点火タイミングを統合制御)
- 1980年 電子制御式エアバッグ
- 1986年 TCS(トラクション コントロール システム)
- 1986年 電子制御式ディーゼルエンジン燃料噴射ポンプ
- 1991年 キセノン式ヘッドランプ
- 1993年 駐車エイドシステム
- 1995年 ESC(エレクトロニック スタビリティー コントロール システム)
- 1997年 コモンレール電子制御式ディーゼルエンジン燃料噴射システム
- 2001年 プリクラッシュ制御
- 2004年 尿素SCR
嗚呼、圧倒的じゃないか・・・
と嘆いたのはビグザムを前にしたアムロ・レイです。
ボッシュの「世界初」がビグザムほど圧倒的なのかどうかは別として、ボッシュがいなければ電動式のウオッシャーやABSもこのヨに存在しないわけで、フロントガラスに泥が付いたら巨大なスポイトをグシュ!グシュ!と潰してウオッシャー液を噴射したり、雪が降るたびに事故を起こす(ワタクシメの場合)ハメになるわけです。
もちろん、ボッシュがやらなければ誰かが発明しただろう、というツッコミはコッチに置いておきます。
今回、ナンチャッてトルクベクタリング改めブレーキ制御式トルクベクタリングの話をするにあたり、必要なのはABS、TCS、ESCの3つです。
かなり端折りますが、ABSはブレーキ時、TCSは発進時、ESCはコーナーリング時にブレーキの制御を行います。
「iPodはアップルじゃなく、ソニーあたりが作んなきゃダメだよね~」
とは、1979年に独創的なウォークマンを発売して大成功を収めたソニー・・・または日本企業のロマンを語るオッサンのセリフです。
そしてロマンを語るオッサンの一人であるワタクシメも、ABS、TCS、ESCと3つもあれば、1つくらいはデンソーかカルソニック、アイシン精機あたりにやってもらいたかったものだと嘆きます。
ブレーキ制御式トルクベクタリングの話の前に、日本人が作れなかったブレーキ電子制御3兄弟のお話を進めてまいります。
ブレーキ電子制御3兄弟の話と言った傍から聞きなれない名前が登場しました。
ABSの話をするために、まずはこのプロポーショ二ング バルブの話をしなければならないのです。
イヤ、本当はしなくていいかもしれない・・・
でも、したいのです!
なので、聞いて(読んで)ください。
消しゴムがお手元にある方は消しゴムを手に取り、机に強く押し付けながら手前に引いてください。
ちょっと重さを感じますよね。
手元に消しゴムのないオッサンは、スミマセン、想像してください。
次に、消しゴムが机に軽く触れる程度に押し付ける力を弱めて手前に引いてください。
軽く引けますね。
コレが、荷重とグリップ力の関係です。
タイヤを路面に強く押し付けられれば強いグリップ力が発生し、押し付ける力が弱ければグリップ力も弱く、つまり滑りやすいことになります。
クルマがブレーキをかけたとき、体が前に引っ張られるような感覚がします。
前方に引かれる力は、ハンドルを握るオッサンや助手席のメカケだけではなくクルマ自体にも作用します。
前方に移動したオッサンやメカケの体重、クルマの重量はフロントタイヤにかかります。
となれば、当然リヤタイヤにかかる重さは減ります。
ここで先ほどの消しゴム実験です。
フロントタイヤは重量(ここから、この重量を荷重と呼びます)がかかって路面に強く押し付けられるので強いグリップ力を発生することができ、リアタイヤは荷重が抜けるのでグリップ力が低下する。
そう、もうお分かりですね。
ブレーキング時は、リヤタイヤはあまりブレーキが効かないのです。
右はホンダのレーシングマシン RC213Vです。
注目していただきたいのは前後のブレーキです。
フロントには巨大なブレーキローターとゴッツいブレーキキャリパー。
これが左右一対装着されています。
対してリアには、申し訳程度のブレーキローターとブレーキキャリパー。しかも片側にしかありません。
ちなみにバイクを選んだのはブレーキが露出していてわかりやすいためで、クルマでもこの傾向は変わりません。
この写真でわかる通り、クルマもバイクも、リアタイヤはあまり制動力の発生を期待されていないのです。
と言うか、リアタイヤにもフロント同様の巨大なブレーキを付けてしまったら、ブレーキをかけたが最後、アッという間にリアタイヤはロックしてしまいます。
そして、たとえリアブレーキをショボくしたところでリアタイヤがロックし易いことに変わりはありません。
タイヤは回転してこそ回転方向に進むようにできていますが、回転が止まればただのゴムの塊となり、方向性はなくなります。
リアタイヤがロックすると、下の動画のように「尻振り」現象が起きます。
こうなったら右へ行くのか左に行くのか予測不可能。
運を天に任せて
もう、アナタ次第よ。
となってしまうのです。
この動画では、大して進路を外れずに止まることができましたが、一歩間違えて歩道にでも飛び込んでしまったら大変なことになります。
こりゃマズイな・・・
そこで昔のエンジニアは考えた。
ホントはココで、「そこでエドワード・プロポーショニング(英)は考えた。」などと言いたかったのですが、残念ながらプロポーショ二ングバルブの考案者を見つけることができませんでしたし、考案者の名前も間違いなく「プロポーショ二ング」ではないでしょう。
人生、思ったようにはいきません・・・(涙
まあとにかく、昔のエンジニアは
「リアがロックしやすいなら、リアブレーキにかかる油圧を下げてやればいい。」
と、思いついたのです。
それがプロポーショ二ングバルブで、右図のような箇所に付けられています。
実際のクルマでは、フロントとリアのブレーキ配管は別系統となっています。
右図はイメージですので予めご了承を。
続いてプロポーショ二ングバルブの作動ですが、その前にちょっと下のアニメーションを確認しておいてください。
面積の異なる面に同じ油圧がかかると、面積の大きい方が受ける力が大きい、という話です。
これを踏まえたうえで下のアニメーションです。
この作動をグラフにしたのが右図です。
フロントブレーキ油圧に対して、リアブレーキ油圧が低くなっている様子が分かります。
今を遡ること30年弱、ワタクシメ、とあるドライビングスクールに参加いたしました。
そこでの実技の一つに「タイヤがロックするまでブレーキペダルを踏んづけてみよう!」的なものがありました。
インストラクターが、若かりしワタクシメ達を挑発してきます。
「もしリアタイヤをロックさせることができたら、このクルマあげる。」
教習車を指さし、そう言うのです。
相当くたびれた1,500CCのセダンでしたから、
「そんなクルマ、いらねエ!」とは思いましたが、
「ダメだ」とか、「出来るわけがない」と頭を押さえつけられたら反発するのが若さの特権です。
クルマは当然ABS無し、テストコースのような場所なので路面の状況はかなり良い。
「やってやろうじゃねえか!」
意気込んだワタクシメはヘルメットをかぶって運転席へ。
車速が高い方がロックしやすに違いないと考えたワタクシメは、アクセルペダルを床まで踏み込んでフル加速。
1速・・・2速・・・3速・・・
目印のパイロンを超えたところで、あらん限りに力でもってブレーキペダルを蹴飛ばします。
「ギャーーーーッ!」とタイヤがスキール音を上げます。
ハイ、ダメ~
ゴール地点で待ち構えていたインストラクターが半笑いでワタクシメにそう告げます。
ワタクシメに限らず、若かりし挑戦者たちはことごとく討死。
こうしてそのドライビングスクールは1台の教習車も失うこともなく、翌日からも無事スクールを開校することができ、
ワコウドは出来ることと出来ないことの区別を一つ知るのでした。
メデタシ、メデタシ・・・
・・・ではないのです。
確かに、状態の良い舗装路ではリヤタイヤはそうそうロックしないことは分かりました。
でも、フロントはロックするのですよね?
考えても見てください。
クルマを運転していて、そんな急ブレーキを踏むのは、目の前にヒトや黒塗りのメルセデス ベンツ 560SEL(←バブルですなァ)が飛び出してきたときです。
先にも申し上げた通り、タイヤは回転しているから、回転している方向に進むのです。
回転を止めたらただのゴムの塊。方向性はありません。
フロントタイヤが回転する方向に進むので、ハンドルを切ってフロントタイヤの進行方向が変わることでクルマも向きを変えるのです。
なので、フロントタイヤがロックすると・・・
ただのゴムの塊と化したフロントタイヤは、いくらハンドルを切ったところでクルマの進行方向を変えてはくれません。
動画では、吹っ飛ばされるのはパイロンですからイタくもカユくもありませんが、先ほど申し上げたようにパイロンがヒトや黒塗りのメルセデス ベンツ 560SELであったと思うとゾッとします。
プロポーショ二ングバルブでリアタイヤのロックを防いだところで、フロントタイヤだってロックすれば困るのです。
フロントタイヤ、ロックしちゃってるじゃん。ドーすんのよ!
と、1978年以前の自動車メーカーのエンジニアに問いかけたところで、誠実な性格のエンジニアなら俯いて口を閉ざし、攻撃的な性格のエンジニアなら「じゃーどうすりゃイイんだよッ!」と逆切れし、○ォルクス○ーゲンや○菱のエンジニアなら・・・
問い詰められるエンジニアを尻目に、ブロンドの、鼻が高くガッチリとした体形の男が威風堂々と手を挙げます。
「ワタシナラ、フロント モ リア モ ロック シナイ ブレーキ ツクレマ~ス。」
独、ロバート ボッシュ社のエンジニアです。
続く
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