トルクベクタリング

- 第2回 LSD -

2015/07/05 公開

slip タイヤがスリップすると、デフの副作用によってまったく困ったことになるというお話を前回にいたしました。
もちろん、先人たちはこの問題を解決してくれました。
まず、泥濘や凍結路によるスリップですが、これにはデフロックいう技が使われています。
これはサイドギアとディファレンシャルケースをガッコンと機械的に接続してしまうものです。
片輪を溝に落としてしまった場合、あるいはそうなりそうな路面状況のとき、運転席のスイッチを操作して、ワイヤーや油圧、空気圧によってサイドギアとディファレンシャルケースを噛み合わさせます。
これでピニオンは歯車として働かず、左右に均等の回転力が伝わります。
しかしもちろん、ロックするとデフがデフでなくなるのですから、旋回時にデフ本来の仕事をしてくれません。
ので、泥濘、凍結路、溝から脱出したら速やかにロックを解除しなければなりません。
さて、問題はコーナー脱出時です。
上記のマニュアルデフロックを装備すれば、一応問題は解決します。
コーナーから立ち上がるときにスイッチを押してデフロックし、次のコーナーの前までにまたスイッチを押してデフロックを解除して・・・
という操作をしなければなりませんが・・・
「さすがにそれはカンベンして欲しい。」
と、運転手から要望が出るのは火を見るより明らかで、
その要望に応えるために、登場したのがLSD(リミテッド スリップ ディファレンシャル)です。
名前の通り、デフを「ロック」するのではなく、「滑りを制限」するデフで、主に次の4種類のデフが開発されました。
  • 多板クラッチ式LSD
  • ビスカスカップリング式LSD
  • トルセンLSD
  • E-デフ
この稿はあくまでトルクベクタリングの話ですから、LSDに関してはサラッとお話しします。

多板クラッチ式LSD

ディファレンシャルケースとサイドギア間にクラッチを設け、エンジントルクによってクラッチを断続させます。



アクセルを踏んだ時にだけ作動するLSDを1ウェイ、アクセルオンでもオフでも作動するモノを1.5ウェイと呼びます。
エンジンのトルクによって作動するため作動遅れがなく、スポーツドライビングには最適ですが、その分運転が難しくなります。
また、摩擦クラッチを使用しているので、定期的なメンテナンスも必要になり、オイルの状態にもシビアで、運転状況によっては音がしたりします。
そのため、一般的にはレーシングカーや本気度の高いスポーツカーに採用されます。

ビスカスカップリング式LSD

ビスカス(Viscous)とは、「粘性」のことで、ビスカスカップリングは固~いオイルを用いた流体クラッチです。
仕組みはこんな感じです↓

viscus
水色のシャフトが入力で、溝が切ってあります。
入力シャフトの外側に切られた溝に多数のプレート(紫色)が噛み合っています。
紫色プレートと交互にプレート(青色)が配置され、
この青色プレートは、出力シャフト(茶色)の筒の内側に切られた溝に噛み合っています。
で、出力シャフトの筒内は高粘度のシリコンオイルで満たされています。

出力側の茶色シャフトにナンの抵抗もかかっていない場合、ビスカスカップリングは特に仕事をしません。
茶色シャフト側がコーナーの内輪になった場合、茶色シャフトの回転速度は遅くなります。
回転差が小さい場合、紫色プレートに対して青色プレートがゆっくり動くことになります。
お風呂で手のひらを広げてお湯をかき分けることを想像してみてください。
腕をゆっくり動かすときは、あまり水の抵抗を感じません。
これと同様、プレート同士の回転差が小さい場合はプレート間の速度差を許し、左右輪の回転差を吸収します。
ところが、片輪がスリップするような状態では、プレート間の速度差が大きくなります。
お風呂で腕を速く動かすと、途端に水の抵抗が大きくなります。
こうなると、シリコンオイルのせん断抵抗によってプレート間の回転差が許されず、デフの作動が制限されます。
もちょっと簡単に言うと、チョーベトベトのオイルの中で、紫色プレートが速く回転して、青色プレートが止まっていると、ベトベトのおかげで紫色プレートを止めようとする力が働き、青色プレートには回転させようとする力が生じるのです。
で、実際の作動はこんな感じ↓



このビスカスカップリング式LSDのミソは、速度差が生じてから作動するということです。
多板クラッチ式は、アクセルを踏んだ瞬間に作動を開始しますので遅れが生じない。
というわけで、本気のスポーツカーのLSDとしては、ビスカスカップリング式LSDは向いていないようで、最近ではあまり使われなくなったようです。
しかしながら多板式のような稼働部品がないくメンテナンスや調整が必要ないという利点もあるため、4WDのセンターデフ代わりに使用されることが多いようです。

トルセンLSD

トルセンとは、トルク センシングの略だそうで、路面からの反力(トルク)を感知して作動するタイプです。
いくつかのタイプがありますが、ここではウォームギア式についてお話します。
まずは構造です。



このデフのミソは、ウォームギアとウォームホイールの組み合わせにあります。
歯車の話となると、ヒジョーに工学的なためワタクシメごときにウマく説明できるはずもありませんが、
とにかく、ウォームギアとウォームホイールの組み合わせでは、ギアからホイールを回転させることはできるが、その逆は基本的に不可だそうです。
つまりこういうコト↓



さあ。これを踏まえて作動を見てみましょう。
例のごとく、説明に不要なものは端折っちゃいますので、あらかじめご了承を。
まずは直進時です。



ディファレンシャルケースによって公転させられるウォームホイールは、ウォームホイールの自転によってウォームギアを回転させることができません。
そのためウォームホイールとウォームギアは一体となり、ディファレンシャルケースの回転がそのまま左右のウォームギアに伝わります。


続いてアクセル一定のままカーブを曲がった場合です。
青シャフトがカーブ外輪、緑シャフトが内輪です。



青ウォームギアと緑ウォームギアの回転速度が異なるため、2つのウォームホイールは逆回転して回転差を吸収します。

これをもう少し詳しく見ると下図になります。



で、次は片輪がスリップしてしまう状況です。



簡単にまとめてしまうと、カーブを曲がるときに、路面とタイヤの摩擦から発生する回転差は吸収することができるものの、エンジンの力によって発生する回転差は吸収しない、と言うことができます。
さてさて、これまでに3つのLSDを見てきましたが、それらの作動の特徴をまとめると(←まとめ好きですなぁ、ワタクシメは・・・)

  • 多板クラッチ式: アクセルを踏み込む → 作動
  • トルセン式: アクセルを踏み込む → タイヤにトルクが伝わり、内輪と外輪の反力に差が出る → 作動
  • ビスカス式: アクセルを踏み込む → タイヤにトルクが伝わり、内輪と外輪の反力に差が出る → 内輪と外輪の回転速度に差が出る → 作動

レーシングカーや本気度の高いスポーツカーでは多板クラッチ式。
だけどメンテナンスとか、オイルとか、音とか色々メンドクサイので、フツーのスポーツカーにはトルセン式。
ビスカス式はスポーツ走行には向かない。トルセン式が普及する前はフツーのスポーツカーにも使われていたけど、今は4WDのセンターデフに使われることが多い。
サーキットを走るには物足りないけど多板クラッチ式のような欠点もない、と言う理由で、市販のスポーツカーに採用される例が多いようです。

なるほど、まとめた甲斐がありました。これならよくわかります。(←自画自賛)


E-デフ その1

E-デフ その1は、ディファレンシャルギアの種類ではなく、ブレーキを使ったナンチャッてLSDです。
Eelectronic differential(電子式差動装置)の略で、システムの名前であり、ディファレンシャル”ギア”ではありません。
デフ自体は普通のデフを使うのですが、コーナーの立ち上がりで内輪がスリップしそうになったときに、ABSの回路を使って内輪にブレーキをかけてしまうシステムです。
本来なら空転する内輪に回転力を伝え、重要な外輪には伝えないデフですが、ブレーキをかけて内輪の空転を抑えてしまえば、デフは騙されて外輪にも回転力を伝えるという算段です。
もうだいぶ昔のF1の話です。
どこのチームだかは失念してしまいましたが、あるマシンがコーナーを立ち上がるときに後ろの内輪のブレーキディスクが真っ赤に焼けているのをカメラマンが発見し、このシステムが世に知れました。

E-デフ その2

E-デフ その2は、ディファレンシャルギアの種類の1つです。

時代とか、メーカーによって名称がかぶったりしてややこしくありますが、その2のE-デフはEelectronic control differential gear(電子制御ディファレンシャルギア)の略称になります。
上記の多板クラッチ式LSDのクラッチを電子制御化したものと考えていいでしょう。
多板クラッチ式LSDのクラッチはアクセルのON/OFFによって作動しますが、このE-デフでは車速とかアクセル開度とか横Gとか様々な信号を基に多板クラッチを作動させます。
仕組みはこんな感じ。
e-def
作動は見た目通りで、コントロールユニットからの信号でモーターがプレッシャープレートを作動させ、多板クラッチを離したりくっつけたりします。
これも最初に使われたのはF1だそうです。
コーナー脱出の加速時に、アクセルを踏みすぎると後輪が滑ってタイムロスになる。
これを防ぐために、後輪が滑ったことを検知すると自動的にアクセルを少しだけ絞るのがトラクションコントロールなのですが、
このエンジンの制御によるトラクションコントロールが禁止されてしまった。
で、デフに電子制御の多板クラッチを設けて、後輪が滑ったらクラッチをちょっと離しちゃう。

イエイエイエ、これはトラクションコントロールじゃないから。デフの制御ですがナニか?

と、言い訳したのが始まりらしいです。
いやはや、E-デフ その1といい、その2といい、プロの世界は大変ですね。
規則の隙間を縫って、良く言えばクレバーだし、悪く言えば・・・

por その昔、こんなジョークを聞いたことがあります。
某メーカーで、某世界最高峰ラリーのメカニックをやっていた方のお話です。(“某”が多くてスミマセン)
アフリカ大陸を走破するそのラリーでは、原住民の競技車両に対する投石が問題になっていたそうです。
そのことをワタクシメが尋ねますと、

「ナニ甘いこと言ってんのよ、ワタクシメさん!
あれはね、ライバルメーカーのクルマの写真を見せて、このクルマが来たら石投げてくれって頼むのよ、お金払って!」

もちろん冗談です。
ブラックな冗談ですけど、世界最高峰のレースでは勝つためには何でもするんだということを示唆してくれたジョークでした。



閑話休題
これらLSDによって、コーナー脱出時の加速不良は解決できました。
しかしLSDは、どんなにガンバっても左右のタイヤに伝わる力を50:50にしかできません。
で、三菱のエンジニアは考えた。
50:50なんてケチなこと言わず、外側のタイヤをもっと速く回転させてやれば・・・

続く


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