最新ガソリンエンジン
- 第9回 燃料系 その1 -
2016/01/15 公開
眩い夕陽や朝日に向かって運転するときにはサンバイザーを下します。
そのサンバイザーの裏側、今ではノッペリとしているか、
少々お値段の張るクルマでは鏡が付いていて、さらにお値段がナニのクルマでは照明まで付いていたりします。
しかしその昔、ココには運転上の注意が書かれたシールが張られていました。
オボロゲな記憶を辿れば、それは以下のようなものです。
- 寒いときにエンジンをかける場合は、チョークを引いて、アクセルペダルを2~3回踏んでからアクセルペダルを放してからスターターを回せ。
- 触媒が熱くなっているので、草むらには止めるな。
などなど。
今回から始まるのは燃料系のお話ですので、重要なのは「寒いときにエンジンを・・・」の件です。
2016年の今日、エンジンをかけるにはポケットに鍵を入れたままボタンを押せば一発始動・・・アタリマエのことです。
暑かろうが寒かろうが、一発始動。
では、オッサンの皆様方、ワタクシメと共にバック トゥ 1970!
寒い朝にエンジンを始動しましょう。
「ウー寒い、寒い」と背中を丸めながら運転席に潜り込みます。
この当時、ドアハンドルも金属製だったので手が冷たい。
キーシリンダーにキーを差し込み二段回します。
これでイグニッションスイッチはIGNポジション。
メーター内のインジケーターが点灯するとともに、燃料ポンプの作動音が微かに聞こえます。
ソレノイド式なら「カチカチカチ」、モーター式なら「ウィーン」です。
エンジンのカムシャフト駆動の機械式ポンプならば音はしません。
キャブレーターのフロート室がガソリンが満たされてポンプの作動音が消えたらチョークノブを引きます。
今朝は激寒なので、目いっぱい引きます。
次にアクセルペダルを数度、床まで素早く踏み込みます。
これでマニホールド内にガソリンの濃い混合気が出来上がります。
さあ、準備完了です。
アクセル全閉のまま、キーをSTARTポジションへ捻り、スターターモーターを回転させます。
冷間時始動性の良い、またはチョーシの良いエンジンならば、
「キュルキュルキュルボンッ! ブロロロロ・・・」
と一発始動。
冷間時始動性の悪い、またはチョーシの悪いエンジンならば、
「キュルキュルキュルキュルキュル・・・」
「シーン・・・」
「キュルキュルキュルキュルキュル・・・」
「シーン・・・」
「キュルキュルキュルキュルキュルバボッ! ボボッ! バブッ! ボボッ! ブロロロロ・・・」
始動しました!
すぐにキーをIGNポジションに戻してスターターモーターを止めます。
でも、まだ油断は禁物。
始動直後はファーストアイドルが効いてエンジン回転数は1,200~1,500rpm。
冷却水温度が徐々に上昇するに伴ってアイドリング回転数は下がり始めます。
その頃合いを見て、チョークノブを戻します。
このタイミングの見計らいはオーナーならではです。
もしチョークを戻し忘れて走ってしまっては大変、
プラグがベチョベチョになってエンスト必至!
ワタクシメなどは、一応ジドーシャの仕組みを勉強したので、何故こんな手順が必要なのかをそれなりに理解はしていたのですが、
考えてみればクルマの「ク」の字にも興味のない70、80年代オネーサンも、ワケがわからないなりにこれらの手順を踏んでいたのですから、感慨深いものがあります。
今となっては「あーメンドクセ!」の手順ですが、何故このような手順が必要だったのかを、これから紐解いてまいります。
さて、キャブレーターです。略して「キャブ」
80年代中ごろまででしょうか、ボンネットを開けると右の写真のような厚いお盆状の部品がエンジンルーム中ほどに鎮座されておりました。
ご存知、エアクリーナーです。
エンジンが吸い込む前の空気からゴミや埃を越し取るフィルターです。
で、その下に隠れているのがキャブレーター。
日本語にすると燃料気化器で、エンジンに吸い込まれる空気にガソリンを混ぜる部品です。
種類や形状は星の数ほど。
固定ベンチュリーに可変ベンチュリー、ホリゾンタルドラフトにダウンドラフト、CVキャブにピストンバルブ、シングルバレルに2バレル、4バレル。
メーカーの数だってたくさんありました。
ウェーバー(伊)やソレックス(仏)、ホーリー(米)なんて言えばスポーツカー好きのオッサン方は垂涎でしょう。
日本のメーカーだってあります。
ミクニにケーヒン、日立。
右画像は一般的な乗用車に多く使用されていた、ダウンドラフト型2バレル、固定ベンチュリーのキャブです。
中央部に空いている穴から空気が下に向かって流れ、そこへガソリンを混ぜます。
では、基本的な作動を。
エンジンが空気を吸い込むわけですが、速く流れる空気は周りのモノをひきつけます。
これを「ベルヌーイの定理」と言うそうですが、まあ、そんな名前はココではドーでもイイです。
ヒコーキでは流れる空気が主翼を上にひきつけるので、ヒコーキは飛びます。
F1マシンでは、ボディ下面を流れる空気がボディーを下にひきつけることでタイヤを路面に押し付けるのであんなに速く曲がれます。
それと同様、キャブの中を流れる空気がガソリンをひきつけ、一緒に混ざってエンジンに吸い込まれます。
ちなみに、キャブ内の空気流路の一部が絞られて細くなっているのは、細くなった部分の流速が速くなり、速くなると、よりガソリンが吸い上げられるためです。
これをベンチュリー効果と呼びます。
F-1マシーンが、前方の空気をなるべく多くボディー下面に入れて、後方から加速して掃き出そうとする形状になっているのも、このベンチュリー効果を狙ってのことだそうです。
さて、キャブレター。
原理的には上のアニメーションの通りですが、もちろん現実世界は原理だけでは動きません。
ので、一つずつその仕組みを見ていくとことします。
フロートチャンバー
フロートとは「浮き」で、チャンバーをはナニかを溜めるような場所です。
ガソリンが吸い上げられる前に、ガソリンを溜めておく所がフロートチャンバーです。
ガソリンタンクから燃料ポンプで圧送されたガソリンは、まずフロートチャンバーに流れ着きます。
その様子は以下の通り。
ここからは余談です。
これまでも山のような余談がありましたが、今回は余談中の余談です。
時を遡ること70余年、1940年の夏のことです。
日本では太平洋戦争の始まる1年半ほど前、欧州ではすでに第二次世界大戦が始まっていました。
あっという間にベルギー、オランダ、フランスを占領したドイツ軍の次の目標はイギリス。
しかし、そこにはドーバー海峡が横たわります。
まずは兵力を海上輸送しなければならない。
となると、何より制空権を握らなければならない。
で、ドイツ軍はイギリスに対して大規模な空襲作戦を実施する。
一方イギリス軍は、何としてでも制空権を確保してドイツ軍の上陸作戦を実施させまいとする。
こうして始まったのが名高いバトル オブ ブリテンです。
攻めるルフトバッフェ(ドイツ空軍)の主力戦闘機はメッサーシュミット Bf-109 E。
守るRAF(ロイヤル エア フォース: イギリス空軍)の主力戦闘機はスーパーマーリン スピットファイヤー Mk.Ⅰ。
ちょっと妄想してみてください。
オッサンはRAFのパイロット。愛機はスーパーマーリン スピットファイア Mk.Ⅰ。
イギリス軍が誇る早期警戒システムからの連絡を受け、ドイツ機を迎え撃ちます。
オッサン スピットファイアは1機のBf-109と組んず解れつのドッグファイトの末、ついにBf-109の後方に付けます。
あとちょっとで敵機は照準器の真ん中に・・・
そんなとき、突如としてBf-109の機首が下を向きます。
どうやら急降下でこちらを振り切ろうという腹積もりらしい。
オッサンも負けじと操縦桿をグイと前に倒して急降下。Bf-109を追います。
ところが・・・こんな大事なときなのにロールズ ロイス社製のマーリン 液冷V12エンジンは咳き込み、ちっともパワーが出ないではありませんか!
その間、Bf-109はグイグイ加速しながら降下。もう、手の届かない距離まで遠ざかってしましました。
一体、マーリンエンジンに何が起こったのでしょうか?
答えはマイナスGです。
エレベーターの、特に高層ビルのスピードの速いエレベーターが降下を始めたとき、体が浮き上がるような感覚に襲われる経験は、オッサンの皆様方も体験したことがあると思います。
アレと同じことが、マーリンエンジンのキャブレーターの中でも起こったのです。
言うまでもなく、ワタクシメもスピットファイアに乗って急降下したことなどありませんからあくまでも想像ですが、自らの命と祖国の命運をかけた戦闘中の急降下ですから、高層ビルのエレベーターどころではない強いマイナスGが発生したはずです。
下のアニメーションを見てください。
イギリス人、とんだ手抜きをしたものです。
オートマのまとめ -第8回CVT その1- | でご紹介した、「ラジエーターホースを「く」の字型に設計できるのは日本人とドイツ人しかいない」というジョークを地で行くようなエピソードです。
ドーやら、ロールズ ロイスのエンジニアは、「戦闘機は急降下もするし、背面飛行だってするだろう」という点まで気配りができなかったらしい。
で、もう一方のBf-109はどうして平然と急降下していったのでしょうか。
こういう時には神様は平等で、スピットファイアにマイナスGが発生したなら、Bf-109にだって発生したはずです。
なんと76年も前、Bf-109に搭載されたダイムラー社製DB601エンジンは燃料噴射装置を採用していたのです。
つまり、こう↓
エンジンによって回転させられるカムがプランジャーを上下させ、燃料タンクから送られてきたガソリンを圧縮して吸気菅に噴射するのです。
これならば、マイナスGであろうが、背面飛行であろうが、お任せあれ!
どんな時でも安定してガソリンをエンジンに供給します。
ただし、この燃料噴射装置、現在クルマで使われている電子制御式燃料噴射装置とは違い、純粋に機械式です、
まあ、70年以上前ですから、コンピューターと言えば何百本もの真空管を使った巨大なモノでしたから、ヒコーキに積めるわけもありませんので、機械式にならざるを得ません。
この機械式燃料噴射装置、カッコよくカタカナで言えばメカニカルインジェクション、クルマにも採用された例はあります。
メルセデス ベンツ 300SLとか、BMW2002tiなどなど、60~80年代のクルマにときどき見かけました。
ちなみに、わがニッポンではどうだったかと申せば、スピットファイアやBf-109とほぼ同じころに開発されたゼロ戦の栄エンジンでは、キャブレーターのフロートチャンバーに凝ったリンク機構を使って、マイナスGでも背面飛行でもガソリンの供給が途切れない構造になっていたそうです。
実はワタクシメ、この機構のアニメーションも作るつもりでいたのですが、これを図解した本が見当たらない・・・。
確かに所有していたはずなのですが、どこを探しても出てこない。
「古い本は探すと出てこない」法則が、まったく当てはまってしまった次第でございました。(ソンナホーソクアッタカ?)
さてさて、さらに脱線します。
わがニッポンに輸入車が普及する様子をリアルタイムで体験なされてこられたオッサンの皆様には、生産国別のクルマの特徴についてどうお考えでしょうか?
現在ではダイブ薄れてしまいましたが、90年代中ごろまでは、ドイツ車にはドイツ車の、イギリス車にはイギリス車の特徴が色濃く出ていたように、ワタクシメには思えます。
もちろん、それらの特徴は、各国の道路状況などによって必然的に生じたとも言えますが、ワタクシメには民族性といいますか、機械の中に宿るDNAといいますか、そういった連続性があるように思えてなりません。
ワタクシメの独断と偏見によりますと、各国のクルマの特徴は以下の通り。
- ドイツ車・・・・質実剛健、高速が得意
- イギリス車・・・華麗なスタイリング、軽快なコーナーリング
- アメリカ車・・・デッカイことはイイことだ
- 日本車・・・・・軽くて、ちっちゃくて、弱々しい
いかがでしょう、非常にざっくりしたモノではありますが、ある程度は同意していただけるのではないでしょうか?
で、ヒコーキです。
第二次大戦中、各国で様々な戦闘機が登場しましたが、それらの特徴が上記のクルマの特徴とピッタリと合致する・・・と思うのです。
ウソだと思うオッサンのために、データーを用意しました。
まず、前出のバトル オブ ブリテン当時、1940年頃の各国戦闘機のデーターです。
(注 下記データーはサイトや書籍から集めましたが、如何せんオー昔のことゆえ、数字があいまいです。
なので傾向をつかむための参考とだけしてください。)
生産国 | ドイツ | イギリス | アメリカ | 日本 |
メーカー | メッサーシュミット | スーパーマーリン | カーチス | 三菱 |
機種 | Bf109-E | スピットファイア Mk.1 | P-40   ウォーホーク  | 12試艦上戦闘機 (ゼロ戦の初期モデル) |
全長/全幅 (m) | 8.8 / 9.9 | 9.12 / 11.23 | 9.66 / 11.38 | 8.79 / 12.0 |
重量 (kg) | 2,664 | 2,655 | 3,760 | 2.343 |
エンジン | ダイムラーベンツ DB601A | ロールズ ロイス マーリンⅡ | アリソン V-1710 | 三菱 瑞星11型 |
排気量 (L) | 33.9 | 27.0 | 28.0 | 28.2 |
出力 (hp) | 1,100 | 1,175 | 1,200 | 850 |
翼面荷重 (kg/m2) | 162 | 117 | 175 | 104 |
まず、アメリカのP-40と日本のゼロ戦を比べてみてください。全長/全幅、そして重量です。
アメリカはデカくて重くて、日本は小さくて軽くて・・・
今度はドイツ機とイギリス機です。注目していただきたいのは翼面荷重の欄です。
翼面荷重とは、機体の重さ ÷ 主翼面積で求めるのですが、ごく簡単に言ってしまうと、
小さいほど速度重視、大きいほど小回り性重視大きいほど速度重視、小さいほど小回り性重視となります。
(スミマセン。読者様より誤記のご指摘をいただきました。訂正いたします。)
ヒラリヒラリと舞うようにドッグファイトをするスピットファイアと、高速を活かして一撃離脱のBf-109。
さらに戦局が進み、技術も進んだ1944年頃の各国戦闘機のデーターです。
生産国 | ドイツ | イギリス | アメリカ | 日本 |
メーカー | フォッケウルフ | ホーカー | リパブリックグラマン | 中島 |
機種 | Fw190 A8 |  テンペストMk.V  | P-47 サンダーボルト | 疾風 |
全長/全幅 (m) | 9.00 / 10.51 | 10.26 / 12.50 | 11.00 / 12.42 | 9.92 / 11.24 |
重量 (kg) | 4,417 | 5,176 | 5,774 | 3,890 |
エンジン | BMW 801 D | ネピア セイバーⅡA | プラット アンド ホイットニー R-2800 ダブルワプス | 中島 ハ45 |
排気量 (L) | 41.8 | 36.65 | 45.96 | 35.8 |
出力 (hp) | 1,700 | 2,335 | 2,600 | 1,800 |
翼面荷重 (kg/m2) | 241 | 185 | 207 | 185 |
ほ~ら、4年経っても傾向は変わらないでしょ。と言うより、さらに顕著になっているといっても過言ではないでしょう?
ドイツ機の翼面荷重はベラーボーに高く、もう間違いなく直線番長です。
イギリス機と日本機の翼面荷重は低くて、相変わらず小回り重視。
そしてデカいのはアメリカ機。
どうですか?
郊外のBロードをかっ飛ばすロータス エリーゼとスピットファイアが
アウトバーンを疾走するポルシェ 911とFW190が
濛々と白煙を吹き上げながら0-400スタートするシボレー カマロとP-47が
狭くて、クネクネしまくった首都高を走り抜けるRX-7が
重なって見えてきませんでしょうか?
ヒコーキとクルマという違いはあれども、4年どころか50年も経過した1990年代くらいまでは、ずーっとこんな調子が続いていたんだと、ワタクシメには思えてなりません。
それがまた、ワタクシメにとって外車の面白みであったのでした。
脱線終わり!
言いたいことが言えて満足しました。
さあ、話をクルマに戻しましょう。
次回は、キャブレーターももう少し詳しく・・・続きます。
続く
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