オートマのまとめ
- 第13回 DCT -
2015/06/11 公開
1991年といえば、もう24年も前です。
全長6kmにも及ぶユノディエールのストレートを、ロータリーエンジンの甲高い排気音を響かせながら疾走するマツダ787Bの雄姿がいまだに瞼の裏側に焼き付いています。
東洋のちっぽけな自動車メーカーが、歴史あるジャガーやメルセデスを従えてル・マン24時間耐久レースのチェッカーフラッグを受けました。
翌朝、駅までの通勤途中にいつも見かける、小汚い赤いカペラがちょっとだけ誇らしげに見えたものです。
このル・マン24時間、アウディがディーゼルエンジンで勝ってみたり、メルセデスが空を飛んでみたり、プジョーが405km/hなんて最高速を出してみたり、様々な話題を提供してくれましたが、マツダが優勝する5年前の1986年、ポルシェがDCTを搭載してた962PDKを出場させました。
DCTは(Dual Clutch Transmisson: デュアル クラッチ トランスミッション)は、2組のクラッチを用いた自動手動変速機の一般的な呼称で、「PDK」はポルシェの商品名です。
ちなみにフォルクスワーゲンではDSG、アウディではSトロニックなどなどとなっています。
さて、このポルシェのPDK、自動車雑誌を手に取ったワタクシメ少年の目からは3枚くらいウロコが落ちました。
「ああ、コンナ手があるのか・・・」
と。
「近い将来、トランスミッションはミ~ンナこれになるんだろうな」と夢想したものです。
しかし、乗り越えなければならない技術的問題が多く、実際に市場に登場するのは2003年のアウディ A3まで待たなければなりませんでした。
では、DCTの構造です。
DCTは、各2組のクラッチ、インプットシャフト、カウンターシャフトで構成されています。
図中の赤いクラッチ/インプットシャフト/カウンターシャフトには奇数ギアが、青の組み合わせ側には偶数ギアが配置されています。
青インプットシャフトは中空になっていて、その中を赤インプットシャフトが通っています。
図中では、単板クラッチですが、実写では多板クラッチが使われています。
前々回のマニュアルトランスミッションとは組み合わせが異なりますが、仕組みは同様です。
インプットシャフト上のギアはインプットシャフトには固定されています。
一方、カウンターシャフト上のギアはカウンターシャフトには固定されておらず、シフトチェンジによってシンクロメッシュ機構を介してカウンターシャフトに固定されます。
では作動です。
以上、3速までの作動ですが、この後も同様です。
このシフトアップ、まさに電光石火です。
マニュアルトランスミッションでは、
「クラッチ切る → シフトアップ → クラッチつなぐ」
の3ステップが必要ですが、DCTでは
「クラッチ切りながらつなぐ」
の1ステップで終わります。
加速中、ほぼ動力が切れることなくタイヤに伝わり続けるのですから、どうしたってシフトアップ操作をしている間はクラッチを切って動力の伝達も途切れてしまうマニュアルトランスミッションよりも加速は良くなるわけです。
ちなみにポルシェの最新PDKでは、シフトチェンジに要する時間は100分の数秒だそうで、
これじゃあ、どんなに熟練のドライバーでも太刀打ちできやしません。
これこそが、ポルシェやフェラーリーやBMWの高性能車種にDCTが採用される理由です。
しかしながら、MT信者のワタクシメが、敢えてDCTの弱点を探すらな、ないこともない。
それは「予測ミス」です。
たとえば赤信号が青に変わって発進する。
アクセル開度は1/5くらいのゆっくりした加速です。
車速が高まるにしたがって、ギア比も1速 → 2速 → 3速 → 4速・・・・とシフトアップされていく。
上記の説明の通り、4速がつながっているときは、すでに5速のギアがカウンターシャフトに固定されているはずです。
つまり、トランスミッションを制御するコンピューターは
「加速してんだから、次は5速だろ」
と予測しているわけです。
しかし世の中、ナンでもコンピューターで予測できるほど単純ではない。
イジワルなオッサンは、そこでアクセルを床まで踏み込む。
エンジンは唸りを上げて回転数を上昇させ、トランスミッション制御コンピューターは、
「すわっ急加速だ! シフトダウンだ!」
と判断します。
さあ大変。4速 → 3速とシフトダウンしなきゃならないのに、カウンターシャフトに固定されているのは5速ギア。
急いで5速から3速に変えて、それからクラッチ操作です。
こうなると、さすがに100分の数秒でのシフトチェンジとはいかないでしょう。
とはいうものの、これは重箱の隅で、おそらく予測ミスがあってもMTよりずっと速くシフトチェンジできるのでしょう。
となると、0.1秒に価値を感じる人々にとって、もうマニュアルは用済みで、DCTを選ばない理由がないのです。
ちなみに以下は、ポルシェ 911カレラSの0-100km/h加速性能です。
| MT | PDK |
0-100km/h加速 | 4.5秒 | 4.3秒 |
さらにPDKでは、オプションのスポーツクロノパッケージを選ぶと4.1秒。
チェスで、人間様がコンピューターに勝てなくなって久しく、
最近の電王戦をみていると、将棋においてもそろそろ人間様の分が悪くなっていました。
そしてシフトチェンジにおいては、人間様はコンピューターが制御するPDKにはまったく歯が立たないのです。
しかし、しかしです。
時代は燃費なのです。CO2排出量なのです。
0-100km/hがナンだというのですか!
0.1秒にナンの価値があるというのですか!
MTもDCTも同じ摩擦板(クラッチ)と歯車で構成される機械です。
となれば、クラッチやシフト操作を油圧で行うDCTには油圧ポンプが必要で、ポンプを回す損失があるのですから、わずかでもMTの方が燃費はいいはずです。
で、調べてみました。
これもポルシェ 911 カレラSで比較してみます。
ただし、日本のポルシェのサイトには燃費性能の記載が見当たらなかったので、米国ポルシェのサイトの情報です。
で、結果は以下の通り
| マニュアル | DCT |
市街地 | 19mpg(8.1km/L) | 20mpg(8.5km/L) |
高速道路 | 27mpg(11.5km/L) | 27mpg(11.5km/L |
( )内は1マイル = 1.6キロ、1ガロン = 3.8Lとして換算。
グハッ!
吐血しました。
敢え無く撃沈・・・
高速道路では同値で、市街地ではわずかとはいえDCTの方が優れています。
燃費においても、もう勝ち目がないのか・・・
さらにいえば、ドライバーの手間を考えるとMTでは無暗に多段化するわけにはいきませんから、もう7速あたりが限度でしょう。
一方DCTは自動ですから、いくらでも増やせる。
実際、フォルクスワーゲンでは10速DCTを開発中だそうです。
となると、前々回のAMTの回にお話ししましたレシオカバレッジについても死角はない。
ハァ~
溜息しか出ません。
運転が楽チンで、加速も速く、燃費だってイイ。
0.1秒に価値を感じる人でなくとも、もう、MTを選ぶ理由が見つかりません・・・
自動車雑誌によると、現行ポルシェ 911のMTはヒジョーにデキがよいらしい。
このMT、DCT(PDK)をベースに開発されたらしく、部品の75%をDCT(PDK)と共用してるとのことです。
ポルシェのエンジニア氏曰く
「このPDKがあったから、このMTができた。」
のだそうです。
チョット待ってください、これは朗報です。
推測ですが、これまではMTをベースに、あるいはMT開発で養った技術を利用してDCTを開発していたはずです。
ところが、もうDCTの方が大事になったから、DCTを作っておいて、オマケとしてMTを作る。
おお! MTが生き長らえる一筋の光明が見えました!
もう、出自なんてドーでもいいんです。
DCTがベースであろうと、AMTが先であろうと、とにかくMTが廃版にさえならなければ、ワタクシメは幸せでございます。
しかしちょっと気になることがあります。
AMTは「自動化されたマニュアルトランスミッション」です。
となると、今後DCTをベースにMTが作られるようになると、
MTは「手動化されたシングルクラッチ式デュアルクラッチトランスミッション」と呼ぶようになるのでしょうか・・・?
かつて自動車用ガソリンエンジンは、2サイクル、4サイクル、ロータリー、あるいは直列2、3、4、5、6気筒、V型6、8、12気筒と、その形式だけを見ても様々なバリエーションがありました。
しかし時代が進み、技術が煮詰まってくると、一部車種を除けば4サイクルの、直列は3、4気筒。V型は6、8気筒あたりに収斂しています。
もちろん、細かいところでは様々な新技術が生まれているのですが、大きな枠ではもう劇的な変化は起こりそうもありません。
ところがトランスミッションはまだまだ戦国時代真っ最中!
絶対王者MTは、低コストを武器にしたAMTに置き換えられるのか?
ステップATはその牙城を守り続けることができるのか?
欧州DCT 対 日の丸CVTの行方は?
そしてDCT、CVTの勝者はステップATに挑むのか?
目が離せないほど急激な変化はないでしょうけど、5年後、10年後、トランスミッションの勢力図がどう塗り替えられているか、楽しみです。
完
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